がん患者における在宅緩和ケアとは
がんの末期はADLが低下し、疼痛も激しく変化することがあり、緩和ケアが必要な時期でもあります。患者さんが残された人生を、入院前と同じ環境で、自分らしく過ごせるよう患者さんと家族を支えることが在宅緩和ケアの目的です。痛みがなく夜間眠れることを最初の目標に、次に、安静時に痛みがないこと、動いても痛みがないことを目標として、最終的には平常の日常生活が送れる状態へと近づけます。この目標達成のために、非オピオイド、オピオイド(医療用麻薬)の使用に加えて、鎮痛補助薬や副作用対策、心理社会的支援などを包括したケアを行います。
緩和ケアに用いられる主な薬剤と取り扱う際の注意点
がんの緩和ケアでは、患者さんの身体状態と療養環境に基づいて鎮痛薬を選択します。わが国で多く用いられている鎮痛薬を表1に示します。鎮痛薬は、①経口投与を基本として、②時刻を定めて定期的に、③除痛ラダーに沿って効力の順に、④患者さんごとの個別的な量で、⑤細かな配慮を行って、というWHOが推奨する5原則に基づいて使用します。
薬効群 | 主な薬剤 |
---|---|
非オピオイド鎮痛薬 | アスピリン、ジクロフェナク、ロキソプロフェン、ナプロキセン、メロキシカム、エトドラクなどのNSAIDs、アセトアミノフェン |
弱オピオイド鎮痛薬 | コデイン、トラマドール、少量のオキシコドンなど |
強オピオイド鎮痛薬 | モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォン |
編集部作成
緩和ケアには、持続的な痛みを取り除くために徐放性の鎮痛薬を定期投与し、急に起こる突出痛には速放性の鎮痛薬(レスキュー・ドース)を使用します。鎮痛薬は種類が多く、各製剤で剤形も規格もさまざまです。すべての剤形・規格を在庫として揃えることは現実的ではないため、まずは処方元の医療機関が繁用する製剤、剤形、規格を中心に揃えておくとよいでしょう。
薬局で医療用麻薬を取り扱う際の注意点
薬局で医療用麻薬を取り扱うには、麻薬小売業者免許が必要です。また、麻薬小売業者間で医療用麻薬を譲渡・譲受することは基本的に認められませんが、事前に都道府県知事に麻薬小売業者間譲渡許可をグループとして申請して許可を得ていれば、グループ内の麻薬小売業者から医療用麻薬を譲受することができます。ただし、グループ内の麻薬小売業者の麻薬業務所は同一都道府県内であることが必要です。
薬局における麻薬管理の詳細は、「薬局における麻薬管理マニュアル」(厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課)や各都道府県ホームページを確認しましょう。
患者さんの状態に応じた薬剤の選択とPCA
がん終末期で消化器症状や嚥下機能の低下、傾眠傾向によって鎮痛薬の経口投与を継続できなくなった場合は、経口薬から貼付薬や坐薬、注射薬に変更します。また、がん患者さんは急激に疼痛が増強したり、突出痛が出現することもあります。このような際には、患者自己調節鎮痛法(Patient Controlled Analgesia:PCA)による静脈もしくは皮下からの持続注入が選択されることがあります。PCAでは、通常、PCAポンプを用いてオピオイドを一定の流量で注入し、痛みが増強したら患者さん自身がPCAボタンを押してオピオイドを追加注入して痛みをコントロールできます。
PCAポンプには、小型電動ポンプと携帯型ディスポーザブル注入ポンプ(写真)があります。それぞれの特徴を表2に示しています。小型電動ポンプは、積算注入量やレスキュー・ドースの使用量、残量をモニターでき、オピオイドを初めて使用する場合や他のオピオイドからの切り替え時に、至適用量の把握や設定に有用です(用量の設定を変更できるのは医師や指示を受けた看護師)。しかし、電動ポンプは1台数十万円と非常に高価であり、在宅では携帯型ディスポーザブル注入ポンプが使用されることも多いです。携帯型ディスポーザブル注入ポンプは、物理的な力により薬液が押し出され、用量と流速、レスキュー・ドース量があらかじめ設定されています。携帯型ディスポーザブル注入ポンプは特定保険医療材料として薬局で取り扱うことができ、オピオイド注射薬と同一の保険処方せんで交付すれば保険償還が可能です(表3)。
小型電動ポンプ | 携帯型ディスポーザブル 注入ポンプ |
|
---|---|---|
注入速度 | 一定の流速が得られる | 環境因子(温度)により変化しやすい |
操作 | 設定操作の習熟が必要 | 設定操作は不要 |
注入速度の変更 | 可能(患者は変更不可) | 不可 |
コスト | 供給施設の購入(またはレンタル)・維持 コストがかかる |
薬局での保険償還可能 |
電源 | 必要 | 不要 |
串田一樹, 鈴木順子監修, 高橋眞生編著「2016-2017年版 薬剤師の訪問業務 基礎・実践・応用
薬ゼミ情報教育センターを参考に作成
区分 | 定義 | 価格 |
---|---|---|
化学療法用 |
|
3,500円 |
標準型 |
|
3,420円 |
PCA型 |
|
4,450円 |
注)疼痛管理または化学療法を目的として使用するときのみ算定可
薬事日報社「薬剤師のためのすぐに始められる! 在宅訪問ガイドブック」を参考に作成
なお、携帯型ディスポーザブル注入ポンプは、温度の変化により流量が変化しやすく、温度が上昇すると流量が増加し、温度が低下すると流量が減少することがあります。そのため、使用に際しては暖房器具や湯たんぽ・カイロなどの熱源から遠ざけるなど使用環境に注意することが大切です。
ただ、注射による疼痛コントロールを図る場合には、無菌調剤を必要とするため、在庫や調剤時間の捻出の問題から自局での対応は難しいと感じるかもしれません。その際には無菌調剤をすでに実施していたり、環境が整っている薬局との連携を図ることも必要と思われます。
在宅がん緩和ケアにおける薬剤師の役割
近年、がん患者さんに対して早期から緩和ケアが行われるようになり、入院中にオピオイドの経口薬や経皮吸収剤などが導入されているケースも少なくありません。そのため、在宅緩和ケアでは、レスキュー薬の使用方法の説明や、痛みがコントロールされているか、副作用が生じていないかなどの評価が、薬剤師が行う服薬支援の中心となります。ただし、患者さんの体調が変化することも多いので、多職種が協力して患者さんの体調変化にできるだけ早く気づくことが大切です。また、療養生活に関する患者さんや家族の相談に応じることも、患者さんと家族を支えるうえで重要な役割となります。
痛みの評価
疼痛がコントロールされているか、痛みは本人にしか分からないので、患者さん自身がどのように感じているか質問して評価します。患者さんから得た情報をもとに医師に処方提案を行ったり、情報を多職種と共有して患者さんの日々のケアにつなげていきましょう。
痛みの性質:どのような痛みか、鋭い、鈍い、差し込む、ズキズキするなど、患者さん自身の言葉で伝えてもらうことが大切です。医療者が言葉で表現してしまうと、誘導された回答になる恐れがあるので、注意しましょう。
痛みの状況:1日中痛い?時々痛い?体を動かすと痛い?など、どのような場合に痛いか質問します。
痛みの経過:いつから痛くなったか質問します。
痛みの場所:痛む場所と、その痛みの程度を尋ねます。マッサージや姿勢で軽減することもあるので、看護師や介護士にも共有しましょう。
図 数値スケール(NRS)
鎮痛薬の効果:薬を飲むと楽になるか、効果は長続きするかなど、鎮痛薬の効果を質問します。
痛みの強さを評価する方法として、数値スケール(Numerical Rating Scale:NRS、図)や口頭式スケール(Verbal Rating Scale:VRS)、フェイススケール(Faces Pain Scale:FPS)などがあります。各評価法には特徴があるので、複数の方法を組み合わせて使用することもあります。患者さんは痛みを正確に伝えてくれないこともあります。患者さんや家族の表情から患者さんの状態を推測することも大切です。また、少しの痛みでも伝えてもらえるよう、信頼関係を築くことも重要です。
副作用の評価
オピオイドの副作用として、便秘、悪心・嘔吐、せん妄・幻覚などが挙げられます。
便秘はオピオイドを投与された患者さんに高頻度で起こり、耐性はほとんど形成されないので、予防策として下剤が処方されます。便の状態を見ながら、下剤の用量を調整するよう指導します。
悪心・嘔吐やせん妄・幻覚の多くは、投与開始初期や増量時に出現します。在宅療養中は、増量時を除けば、問題になることは少ないと思います。
眠気は、投与開始初期や増量時のほか、過量投与でも生じます。ただし、過量投与でなければ、数日以内に軽減ないし消失することが多いです。なお、眠気が痛みによる睡眠不足が原因か、オピオイドの副作用で生じているものかを判断することが大切です。
バイタルサインの状態と確認方法
在宅で緩和ケアを行っている患者さんは、体調変化が激しいことが見受けられます。多職種と連携して、早期に発見することが大切です。参考にバイタルサインの確認方法を紹介します。
体温:悪寒を伴わない発熱もあるので、毎日、体温を記録して確認することが大切です。患者さんには、体温測定と記録を指導します。
脈拍:安静時の正常な心拍数は60~80回/分です。なお、不整脈は息苦しさや胸痛を伴うことがあり、それをがん性疼痛と思い込み、不整脈を見逃すことがあるので、注意が必要です。脈拍は手首のほか、頸部や鼠蹊部、足背部でも測ることができるので、それらの部位での測り方を習熟しておくとよいでしょう。
呼吸数と動脈血酸素飽和度 (SpO2):正常な呼吸数は14~20回/分です。オピオイドの過量投与などにより呼吸抑制が生じることがあります。また、同じ用量を継続して服用していても、腎機能低下により呼吸抑制の症状が出現することもあります。
便通:便の形状、排便回数、食事の状態などを聴取して、症状に適した薬剤選択の参考にします(便が硬い場合は酸化マグネシウムなど浸透圧性下剤、腸蠕動運動が低下している場合はセンノシドなど大腸刺激性下剤)。また、2017年オピオイド誘発性便秘症治療薬のナルデメジンも市販されました。下痢の回数が多い場合、下剤の過量服用も考えられるので、適切な服用量の指導も大切です。
排尿回数:疼痛などの身体症状が強い場合、排尿のために起き上がる回数が多いほど苦痛を感じます。また、夜間排尿回数が多いと、睡眠を障害することもあります。「トイレの回数が多くて困る」などの訴えがあれば、医師に相談しましょう。
療養環境の観察も大切です。床にモノが置いてあると、トイレへ行く際、つまずいて転倒することもあります。室内が散らかっていれば、家族や他の職種と相談しましょう。ペットがいる家庭では、患者さんに接触することもあるのでペットが清潔かどうかもチェックします。
患者家族のケア
入院中からすでにオピオイドを使用している患者さんも少なくないため、患者さんはオピオイドについて理解している一方で、患者さんの家族は十分に理解できていないケースもあります。家族がオピオイドに対して疑問や誤解をもっていれば、話を聞いて十分に説明することが大切です。突出痛に対してレスキュー薬が処方されている場合には、「痛みが強くなってからではなく、少し痛いと感じ始めたら早めに使用する」「痛くなったら、すぐに服用できるよう薬を手元に置いておく」などを患者さんや家族に指導します。
患者さんだけでなく、家族もさまざまな不安を抱えていることがあります。医療者にどのようなことを期待しているか、どのようなことが不安かなどの訴えに耳を傾けるとともに、「何か困ったことや心配事があれば、スタッフの誰でもよいので、相談してください」と伝えることで、スタッフ全員で患者さんと家族を支えていることを理解してもらうことが大切です。