突発的なてんかん発作(意識障害や痙攣)を繰り返し生じるてんかんは、全人口の約1%が罹患しているともされ、患者数の多い慢性の脳疾患である。2018年には、8年ぶりに『てんかん診療ガイドライン』(日本神経学会監修)が改訂された。福島県立医科大学医学部神経再生医療学講座教授の宇川義一氏と同大附属病院薬剤部長の和泉啓司郎氏、後藤真明氏に、薬物療法を中心とした、治療法と服薬指導のポイントを解説いただいた。
薬剤師に期待される服薬指導のポイント
- 長期服用では飲み忘れの対処法などを伝える
- 抗てんかん薬の副作用は、アレルギー機序が関与する特異体質による急性初期反応、用量依存性の神経系への抑制作用、長期服用に伴う慢性期副作用
- 薬剤の作用機序と副作用を関連づけて理解する
- 高齢者は抗凝固薬など併用薬に注意する
- 後発医薬品への切替には慎重に対応する
患者の長期のQOLを支えるため話しやすい環境づくりにも配慮
長期にわたる服薬管理は飲み忘れ防止の工夫を
てんかんの薬物治療は、まず単剤で、副作用の発現を防ぐために低用量から開始することが原則である。その後に、発作の程度や有害事象の有無などを観察しながら、慎重に最大用量まで増量していく。なお、十分な発作抑制効果が認められない場合には、他剤への変更を検討することになる。
各薬剤の作用機序を考慮した合理的で慎重かつ、長期の服用や副作用にも配慮した薬剤の選択が必要となる。
抗てんかん薬同士や抗てんかん薬と他剤との相互作用にも十分な配慮が必要である。一部の抗てんかん薬では、血中濃度をモニタリングして投与量を調整することが有用だ。
福島県立医科大学附属病院薬剤部で脳疾患病棟を担当し、外科治療を受けるてんかん患者の服薬指導などを行う後藤真明氏は、てんかん治療における薬剤師の役割として「規則正しく服用を続けてもらい、飲み忘れがないか、薬が切れていないか注意を促すことが、まず何より重要になる」と語る。
患者自身が飲み忘れに気付いた場合、自己判断で次の服薬時に一度に倍量を飲むといったことは、血中濃度の点からもリスクが高まるため、決してそのようなことをしないように伝えなくてはならない。もし朝晩2回服用の薬剤で午前中のうちに飲み忘れに気付けば、その時点で飲んでもよいなど飲み忘れた際の対応をしっかりと伝えることが大切だ。退院後の患者は外来や近医を受診することになるため、後藤氏は退院時に服薬情報提供書(トレーシングレポート)やお薬手帳を介して情報を伝えるように心がけているという。
眠気をはじめ副作用は様々 重症薬疹や発作増悪も報告
抗てんかん薬の副作用は、各薬剤で、アレルギー機序が関与する特異体質による急性初期反応、用量依存性の神経系への抑制作用、長期服用に伴う慢性期副作用に大別できる。特異体質による反応は皮疹が代表的である。まれだが重篤なものとして、Stevens-Johnson症候群、薬剤性過敏症症候群、中毒性表皮融解壊死症がある。神経系への抑制による副作用には、めまい、眼振、複視、眠気、嘔気、食欲低下などが多く、これらは用量依存的に頻度が増加する。長期服用によるものとしては、体重増加、多毛・脱毛、尿路結石などがある。
眠気は初期投与量が多いと起こりやすく、そのために服薬を中止せざるを得なくなることもある。このため、なるべく少量から投与を開始して、夕食後あるいは就寝前に服薬することも対策として有用である。カルバマゼピンなどは、投与初期においては酵素誘導によって自然に血中濃度が下がり、眠気が軽快するというケースもあるので、十分な経過観察と定期的な血中濃度測定が必要である。
発作増悪の副作用もある。例えば、バルプロ酸ナトリウムは、ミトコンドリア障害を基礎疾患として持っている患者に投与すると発作が増悪して脳萎縮が進行し、認知面での退行を進めることがある。カルバマゼピンでは、数十秒間にわたり意識を失う欠神発作、ミオクロニー発作(瞬間的な不随意的筋収縮)が、ラモトリギンでもミオクロニー発作の増悪が報告されている。さらに、抗てんかん薬によって発作頻度が減少し脳波が正常化すると、行動の変容が起こり易怒性や暴力行為などが出現することがある。これは、強制正常化と呼ばれる現象で、発作が再発すると改善することが多い。
運転に対する注意喚起や妊娠・出産への助言も
新ガイドラインでは、てんかん患者の運転免許に関連する事項についても説明が加えられた。道路交通法に基づいて主治医が適切な助言を行うことが必要になり、患者指導や診断書に係わる法令についても盛り込まれている。
例えば、道路交通法第66条には、過労、病気、薬物の影響その他の理由で正常な運転ができないおそれがある状態で運転してはならないことが明記されている。患者から運転について尋ねられた際はこのような原則を伝えることが必要だ。新ガイドラインでは、妊娠・出産に関する基本的な対応についても明記された。女性のてんかん患者には、ライフサイクルを考慮した包括的な妊娠・出産に関するカウンセリングを行うことが推奨されている。具体的には、思春期をめどに妊娠・出産の基礎知識やてんかんの病態・治療の重要性などについての理解を促す。また、リスクの少ない妊娠・出産を実現するため可能な限り計画的な妊娠・出産を勧めて、抗てんかん薬の中止が困難な場合には、妊娠していない時から催奇形性リスクの少ない薬剤を選択し、発作抑制のための適切な用量調整を行っておくことが望ましいとされている。
特に、女児の場合には、結婚・妊娠などについて不安が募り、保護者が過敏になっていることもある。後藤氏は、「まずは患者の話をしっかり聴くこと(傾聴)から始めて、共感的コミュニケーションで、理解を深めてもらうように努めることが重要だ」と語る。
高齢者は併用薬に注意 自己判断での服薬中止を防ぐ服薬指導を
一方、高齢患者では、加齢に伴って併存症が増え併用薬も増えるため、薬物の相互作用についてはきちんと確認しておく必要がある。例えば、脳血管障害のために抗凝固薬などを服用している患者は少なくなく、カルバマゼピンとの併用により作用を減弱させるといったリスクが生じることがある。
相互作用が問題になる例は、旧世代に属する抗てんかん薬に多いが、いずれの薬剤でもリスクはゼロではないため、患者には市販薬やサプリメントを購入する際にも、お薬手帳を提示して薬剤師に相談するよう伝えることが重要である。
新規抗てんかん薬は、効果が強く副作用も少ないなど利点も大きいが、薬価の高さはデメリットになる。特に長年使い続ける薬剤であれば、患者の負担感は大きい。服薬の必要性を十分に説明して、理解を得られないと、勝手に減量したりなどアドヒアランスの低下を招くことになる。てんかんのタイプによっては、急に服薬を中止すると高率に反跳現象が起こり、発作が再発するケースもある。発作がみられず寛解と判断された場合でも徐々に減量していくことになる。
福島県立医科大学附属病院薬剤部長の和泉啓司郎氏は、「発作もなく調子がいいからと、決して、自己判断で服薬を中止することがないよう、きちんと理解してもらうことが重要。薬にはそれぞれ有効な血中濃度があり、それを維持することの大切さを伝えてほしい」と語る。
新規抗てんかん薬の相次ぐ登場によって、てんかんの治療法は格段の進歩を遂げている。一人でも多くの患者が薬物治療によって良好な発作コントロールを得られ、QOLを保ち続けられるよう、薬剤師は服薬を主体とした相談に積極的に乗ることが期待されている。和泉氏は、「女性の妊娠についての疑問や開発中の新規薬剤への期待など、慢性疾患であるてんかんは、患者からの問い合わせが多い疾患の代表でもある。薬局においても、プライバシーを重視しつつ、気軽に相談しやすい環境を作れれば理想的である」と語る。
昨今、後発医薬品の使用割合が増えてきているが、発作が抑えられている患者では、服用中の薬剤を切り替えないことが推奨されている。先発医薬品と後発医薬品、あるいは後発医薬品同士の切替に際しては、医療者および患者の同意が不可欠である。和泉氏は、「同一成分だからといって切り替えたために発作が起きた例もあるので、血中濃度をモニタリングしている場合にはより慎重に対応してほしい」と語る。