著しい少子高齢化が騒がれる昨今、ついに日本の高齢化率(65歳以上の高齢者の人口の割合)は28%を超えました(2019年9月時点)。高齢化率は今後も上昇し続ける見込みです。医療費の増大のみならず医師数減少も懸念されるため、医療者として薬剤師のこれまで以上の活躍が期待されています。一方で、保険薬局は今後淘汰の時代に突入するという話題を耳にすることもあるのではないでしょうか。これからの時代を生き抜くために、薬剤師に今必要なこととは。服薬ケア研究会の会頭を務める岡村祐聡氏にお話を伺いました。
以前から求められていた対人業務理念と現実の乖離
まず、薬剤師の現状と課題を把握するために、平成以降の薬剤師を取り巻く環境の変化(表1)を俯瞰してみましょう。薬局が医療施設と位置付けられ、薬剤の専門家として積極的にチーム医療に寄与することが求められてきました。また、6年制の薬学教育導入以降、患者さんへの対応も重要視されてきました。2019年の医薬品医療機器等法(以下、薬機法)改正以前から、薬剤師が対人業務に注力することは望まれていました。
しかし、こうした制度の変容の一方で、現場ではそこまで変容しきれていなかったというのが実情です。その原因の1つと考えられるのが、現在の多数を占める調剤偏重ともとれる保険薬局のスタイルといえます。1997年に国が37のモデル国立病院に対して完全分業(院外処方箋受取率70%以上)を指示しました。ちょうどその頃から日本の医薬分業は急速に進展しました。本来の医薬分業の理想像は、薬局の機能を強化し個々の患者の薬歴を一元的に管理することでしたが、実際には全国に門前薬局が乱立する結果となり、処方箋応需件数を追求する調剤偏重の経営方針をとる保険薬局が多くなったのです。そのような薬局では、「とにかく間違いのない迅速な調剤」を求められました。
1992年 (平成4年) |
医療法に薬剤師は医療の担い手として明記 |
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1993年 (平成5年) |
医薬分業や「かかりつけ薬局」の必要性を訴求する、薬局業務運営ガイドラインが通知 |
1996年 (平成8年) |
薬事法等の一部改正が行われ、調剤した薬剤についての情報提供が薬剤師に義務化 |
1997年 (平成9年) |
37のモデル国立病院に対して完全分業を指示 |
日本薬剤師会医薬分業推進対策本部が策定した「薬局のグランドデザイン-将来ビジョンと 21世紀初頭に向けての活動方針-」(最終答申)が公表 | |
2006年 (平成18年) |
6年制薬学教育が導入 |
医療法等、薬剤師法の一部改正 医療法等の一部改正が行われ、「薬局」が医療提供施設として位置付けられた。 薬剤師法の一部改正が行われ、調剤の場所が患者居宅へ拡大された。 |
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2010年 (平成22年) |
厚生労働省医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」が発出 医療技術の進展とともに薬物療法が高度化していることから、医療の質の向上及び医療安全の確保の観点から、チーム医療において薬剤の専門家である薬剤師が主体的に薬物療法に参加することが非常に有益であるとされ、薬剤師の役割拡大に対する要望が示された。具体例として、薬剤師を積極的に活用することが可能な業務として薬剤の種類・投与量・投与方法・投与期間等の変更や検査のオーダーについて医師・薬剤師等により事前に作成・合意されたプロトコールに基づき専門的知見の活用を通じて医師等と協働して実施すること、薬剤選択・投与量・投与方法・投与期間等について医師に対し積極的に処方を提案すること、薬物療法を受けている患者(在宅の患者を含む)に対し薬学的管理(患者の副作用の状況の把握、服薬指導等)を行うこと等が示された。 |
2012年 (平成24年) |
6年制薬剤師の第一期生が卒業 |
2013年 (平成25年) |
薬剤師法の一部改正 情報提供義務に加えて服薬指導義務が追加 |
2015年 (平成27年) |
「患者のための薬局ビジョン~『門前』から『かかりつけ』、そして『地域』へ~」が公表 医薬分業の原点に立ち返り、保険薬局を患者本位のかかりつけ薬局として再編するため、服薬情報の一元的・継続的把握とそれに基づく薬学的管理・指導、24時間対応・在宅対応、医療機関等との連携など、かかりつけ薬剤師・薬局の今後の姿を明らかにするとともに、中長期的視野に立って、かかりつけ薬局への再編の道筋が示された。 |
2016年 (平成28年) |
健康サポート薬局制度が開始 |
2019年 (平成31年 4月2日) |
厚生労働省医薬・生活衛生局総務課長通知「調剤業務のあり方について」が発出 薬剤師の行う対人業務を充実させる観点から、医薬品の品質の確保を前提として対物業務の効率化を図る必要があるとされ、薬剤師が調剤に最終的な責任を有するということを前提として、薬剤師以外の者に実施させることが可能な業務の基本的な考え方について示された。 薬剤師以外の者が実施可能な業務と実施できない業務
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2019年 (令和元年 11月27日) |
薬機法が7年ぶりに改正 薬局は、調剤のみならずOTC医薬品を含むすべての医薬品を安定的に提供する施設であることが規定された。また、薬剤師が医薬品の適正使用に必要な情報提供及び薬学的知見に基づく指導を行う場所であることが規定されたとともに、患者自身が自分に適した薬局を選択できるよう、機能別の薬局認定制度(地域連携薬局、専門医療機関連携薬局)の導入等が進められることが決定した。また、薬剤師には、調剤時に限らず必要に応じて患者の薬剤の使用状況の把握や服薬指導を行うこと、患者の使用薬剤の服用状況に関する情報を医師等に提供すること等が義務化された。 |
「日本薬剤師会のあゆみ」をもとに編集部作成
白衣を着て患者の前に立つ意味 医療者としてのアイデンティティ確立を
私は、薬剤師が元来あるべき姿について、考え続けています。
1996年に薬剤師法第25条の2に情報提供義務が追加され、今回の薬機法改正では、投薬時以降も服用期間中の継続的なフォローが義務化されました。専門家として薬剤を提供する薬剤師が、それに付随する情報を提供することは、当然の行為ともいえます。服用期間中の継続的なフォローにしても、薬剤の効果や副作用管理の面から必要不可欠なケースが存在しますので、義務化されずとも、情報提供している薬剤師がやるべきだったと考えます。しかし実際には、薬剤師として本来行うべきこうした業務は、なかなか実行されてきませんでした。
調剤報酬の観点としても、薬剤師による対人業務を向上させるため、注力が期待される職能に対して重点配分されてきました。国は制度だけでなく報酬の面からも対人業務へのシフトを誘導しようとしてきたわけですが、残念ながら多くの薬剤師は、制度が変わるたびに点数加算のための要件が増え続けるとしか捉えていませんでした。それでは医療者とはいえないばかりか、依然として世間一般に薬剤師はただ薬の数を数えて渡す人と思われても仕方がありません。まず必要なことは、白衣を着て患者さんの前に立つとはどういうことかを考えなくてはなりません。薬剤師という職業を選んだ一個人として、医療者である薬剤師のアイデンティティを自ら確立することが必要不可欠です。薬剤師は医療者として患者さんの命に関わっている職業であるという覚悟を持つ必要があります。
制度の変更が重要なのではない 医療者として必要と考えられる行為が制度になる
調剤報酬うんぬんではなく、以前から当然のように患者さんに丁寧に接してきた薬剤師ももちろんいると思います。そうした薬剤師は、調剤報酬の改定で対人業務に重点的に点数が加算されるようになったことで、当たり前のこととして行ってきた対人業務に対して報酬がもらえるようになったと感じるでしょう。一方で、制度が変わるたびにやらなければならないことが増えると感じる薬剤師は、点数を取れという会社からのプレッシャーに反発してしまうという構図になります。
私は、「制度が変わるので実施する」、「点数のために実施する」という流れに、医療者として違和感を抱いてほしいです。ほかの医療者をみると、たとえば日本看護協会では、認知症看護認定看護師などによる認知症ケアチームを設置し、病棟で各種相談やカンファレンスを実施していました。そして、これを実施している病院数を数値として示した結果、2016年度診療報酬改定で認知症ケア加算の新設を実現しました。これは、制度化されていなくとも医療者として必要と考えられる行為を実施することで、結果として診療報酬に加算されるという好例です。医療者の仕事としてはこれが本来の順序だと思うのですが、薬剤師の世界ではこれまで順番が逆になってしまっており、そのためいくら制度が変わっても本来の目的は達成されずにきました。どこかでマインドをリセットし、前に進む必要があります。今がまさにその時なのではないでしょうか。
0402通知はピンチかチャンスか
2019年4月に発出されたいわゆる0402通知。対物業務から対人業務へシフトするというのは、この通知以前から求められていたことではありましたが、「対物業務で精いっぱい、対人業務まで手が回らない」というのがよく聞かれる薬剤師の声でした。実際の現場ではまだ、対物業務の量が変わらない環境もあるかもしれませんが、0402通知により、少しでも多く対人業務に注力できるよう配慮されました。
皆さんは、これをピンチとチャンスのどちらと捉えますか?薬剤師以外の者も薬剤のピッキングなどの調剤業務に関わることが可能と示されたことで、職が奪われるという脅威を感じ、ピンチに感じる薬剤師の方も中にはいるでしょう。しかし、これまで以上に本来の薬剤師の行為である対人業務に注力できるのですから、これはチャンスです。
薬機法改正の内容をみると、対人業務に注力してもらうことで、地域医療やヘルスケア向上の担い手として、地域包括ケアシステムの中で重要な役割が求められていることがよくわかります。これまでの調剤偏重の考え方で、調剤報酬の点数加算のためという後手の対応をしていくのでは、保険薬局再編成の大きな潮流からは外れてしまう可能性があることは明らかです。
薬局数の適正化 意識変容ができない薬剤師は淘汰される
2018年度末時点の全国の保険薬局数は59,613施設と報告されています(2018年度衛生行政報告例の概要)。これはコンビニエンスストアの店舗数よりも多い数字です。それに対し、保険薬局の適正数は全体で3万程度ともいわれており、今後半数程度は淘汰されていくことになるという話を耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
次回の診療報酬改定では、調剤報酬のうち対物業務はマイナス、対人業務はプラス、門前の調剤基本料はマイナスと予想されています。これは国の考える、今後の薬局のあり方を反映したものであり、この流れに乗れない薬局は淘汰される側になってしまうことを意味します。
地域連携薬局や専門医療機関連携薬局といった、機能別の薬局の認定制度がスタートしますが、これの本来の意味は、薬局の特性をラベル付けすることで、患者さんがケースに合わせて容易に薬局を選択できるための環境作りです。調剤報酬加算のためではありません。また、「調剤のみならずOTC医薬品を含むすべての医薬品を安定的に提供する施設」と薬局が規定されたことを改めて考えると、国はセルフメディケーションまで見越した保険薬局の機能再編を目指していると考えられます。形式的にOTC医薬品を配置するなどの対応をしていては将来的に存続が危ぶまれます。
保険薬局数の適正化が実現された場合、薬剤師数も当然今のままという訳にはいきません。6年制薬学教育で医療薬学や実習教育を受けた薬剤師が相当数世の中に出てきていますが、臨床現場に即した意識変容ができない薬剤師は淘汰されてしまうと思われます。現在の調剤報酬では、処方する薬剤が同じ金額の場合、院内処方に比べて院外処方では3倍程度高い診療報酬(技術料)がかかっています(図1)。それほどまで高いコストをかけてでも医薬分業を推進していくためには、それだけの価値を提供しなければなりません。そのためには、患者本位の医薬分業を実現し、薬局のかかりつけ機能…