どこでも医療サービスが受けられる日本へ 外国人患者受入れ体制の整備が進む
2016年の年間(1~12月)の訪日外国人数は2,400万人を超え、1964年以降、過去最多となった。さらに2017年1~5月の訪日外国人数は累計で約1,141万人に上り、今まででもっとも早いペースで1,000万人を超えたという(図)。
図 訪日外国人数の推移(1964年以降)
編集部作成
政府は、観光は「日本の成長戦略と地方創世の大きな柱」として2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン」を打ち出した。訪日外国人旅行客数について、2020年には4,000万人、2030年には6,000万人の達成を目指す。あわせて地方の活性化に繋げるために、東京・大阪・名古屋といった三大都市圏以外へも訪れる外国人旅行客を増やす取組みも実施するという。このビジョンの実現に向けて「すべての旅行者が、ストレスなく快適に観光を満喫できる環境」づくりを目指し、具体的な施策として「急患等にも十分対応できる外国人患者受入れ体制の充実」を挙げている。政府はこの施策を実行するため、2017年5月に今後1年間の行動計画(アクション・プログラム2017)を示した。
観光庁は、2016年3月より日本政府観光局(JNTO)のウェブサイトで訪日外国人旅行者の受入れ可能な医療機関リストを掲載している。掲載されている医療機関は、観光庁や厚生労働省が示した要件に基づいて都道府県が選定した施設で、2016年3月の選定段階では約320施設だったが、2017年度には900施設に達した。アクション・プログラム2017では、今後も継続して施設数を充実させるとしている。プログラムにはその他にも、①2020年までに訪日外国人が特に多い地域を中心に、多言語での診療案内や異文化・宗教への対応が可能な「外国人患者受入れ体制が整備された医療機関」を現在の約5倍にあたる100箇所で整備すること、②その他の医療機関に対しては、外国語対応支援ツールの活用促進や「訪日外国人旅行者受入れ可能医療機関」への誘導ができるよう周知を徹底すること、③訪日外国人旅行者の約3割が海外旅行保険に未加入という現状から、訪日外国人旅行者に通訳・キャッシュレス診療サービスの付いた保険商品の加入を促進する、といった取組みが示されている。
訪日外国人が増えれば医療機関を利用する外国人患者も比例して伸びることが予測される。全国どこの薬局でも外国人が来局した際に戸惑わないよう備えが必要となっている。
よく使う用語や会話をまとめたシートで説明 英語の問診票や薬袋シールも作成
東京都世田谷区の下北沢にある薬樹薬局下北沢(写真1)には、1日に約10名の外国人患者が来局する。近くに英語で診療できる医師がいるクリニックがあり、口コミを聞いた外国人患者が集まってくるという。受診後に薬を受け取るため、同薬局を訪れる外国人患者が多いとストアマネジャー・管理薬剤師の二又川智博氏は説明する。
写真1:薬樹薬局下北沢
来局する外国人患者の多くは日本在住だという。国籍は様々だが、英語を話せることが多いためコミュニケーションは基本的に英語で行っている。二又川氏は基本的な英語の読み書きや聞き取りはできるが、専門的な医療用語を使う服薬指導では、よく使う用語や会話を独自に整理してまとめた外国人患者対応用のシート(写真2)を活用し、患者に見せながら説明するという。シートは、服用時の注意事項やどういった症状(風邪の場合は、高熱・咳・鼻水など)か、消化器症状であれば胃痛・胸焼け・吐き気などがあるかといった諸症状が確認できるようになっている。服用方法が特徴的なドライシロップは、「くすりのしおり」の英語版を利用して作成したという。シートにない内容を説明する場合は、タブレットで無料の翻訳サイトを活用することもある。
写真2:薬樹薬局下北沢で使用する外国人患者対応用のシートと問診票
英語の問診票も準備している。服用中の薬や他の医療機関の受診の有無、市販薬・サプリメントの使用や既往歴を確認する。この他、「1日1回朝食後(once a day after breakfast)」「1日1回昼食後(once a day after lunch)」といった薬袋に貼るシールも用意する。「確実に服用してもらえるよう、口頭の説明だけでなく、患者さんが帰宅してから薬袋を見てわかるようにしています」という。患者が薬局での説明時に理解できていない場合や、帰宅後に説明した内容を忘れてしまった場合も薬袋を見てわかるようにフォローしていると二又川氏は説明した。
このように様々なツールを備えているものの、二又川氏は外国人患者対応で難しいと感じるのは、やはり専門的な医療用語だという。加えて「以前、患者さんから海外の保険を適用するために名前と処方薬、金額が記載された明細書が欲しいと言われたことがありました。薬以外の知識や説明も必要になるので、経験を重ねて学ぶことが多いです。不十分と感じた点は、次回はスムーズに対応できるようツールを追加するなどしています」と、日々の患者対応を通してサービスを充実させていくことの大切さを語った。
薬局の近くに外国人が多く勤務する企業や工場があったり、外国人がよく受診するクリニックがあるなど、薬局の周辺環境によって外国人患者に対応する頻度は大きく異なる。薬樹株式会社広報室の古明地広挙氏によると、東京都内の六本木や茨城県常総市の水海道地域なども外国人患者の来局が多いという。外国人患者対応に向けた全社的な取組みは検討中とのことだが、社内に全社員で情報や知識を共有する『ナレッジ』というシステムがあり、英語の学習方法を含め、全社員で様々な情報の交換や相談ができるそうだ。外国人患者に服薬指導をする上で、薬剤師は英語の専門用語などの対策が必要としながらも「患者さんは慣れない海外で体調を崩して不安を感じていると思います。安心してもらえるよう、当社の薬剤師やスタッフはまず患者さんに寄り添う“おもてなし”の心を大事にしています」と話した。
デモ機を使った指導も
神奈川県横浜市内のある薬局でも近くに外国人が多く勤務する企業があり、外国人患者の来局が多い。同薬局では英語の問診票に加え、服用上の注意事項や、「これは解熱剤です(This is the medicine to lower the temperature.)」「これは鎮痛剤です(This is the medicine to alleviate the pain.)」といった薬の種類、舌下錠や坐薬、点鼻薬などそれぞれの使用法を説明するシートを用意し、患者にシートを見せながら説明する。吸入薬については、口頭よりも実演しながら説明する方がわかりやすいため、「キャップを回す」「キャップを外す」と手順ごとにデモ機を使って患者に英語で説明しているという。
日頃から外国人患者に対応している薬剤師は、患者から質問を受けた際にはすぐに回答ができないため、コミュニケーションの難しさを感じるという。質問内容は副作用や服用中の薬との飲み合わせに関することが主だが、患者が保険に未加入の場合は費用の説明なども必要になるという。
しかし基本的には、患者への説明は用意しているツールを使えば問題なく対応でき、それほど慌てることはないという。「重要なのは、気後れせずに患者さんに対応すること。ツールを活用し、時に身振りも交えながら伝えようとする姿勢の方が大事です」と外国人患者対応で求められる姿勢について話した。
片言でもコミュニケーションに挑戦する 患者との会話を通して服薬指導に必要な知識を習得
薬ヒグチ薬局パークタワー店は、都庁舎やオフィスタワー、大型ホテルなどの高層ビルが立ち並ぶ東京都の西新宿エリアにあり、高層ビルの中に開局している(写真3)。同薬局の高層階のフロアには外国人が勤務する企業のオフィスや海外からの外国人観光客が宿泊するホテルが入り、外国人来局者が多い。管理薬剤師の佐藤真樹氏によると、平均して週に5名程度が来局し、訪れる外国人の約6~7割は中国・韓国・インドなどのアジア圏で、残りの約3~4割が英語圏だという。
写真3:薬ヒグチ薬局パークタワー店が入る新宿パークタワー
同薬局にはドラッグストアが併設されており、外国人観光客はドラッグストアを利用することが多いという。来局理由は日本に滞在中のケガや体調不良がもっとも多いが、海外で販売されている薬と同じものを買い求めにやって来ることもある。その場合、欲しい薬を携帯電話などの画像で示す外国人も多いため、佐藤氏はその画像を参考にインターネットで該当する薬を検索し、該当するものがない場合はその成分を確認して類似薬を提案するといった対応をしていると話した。
外国人来局者への対応には「専門用語や表現が使えることよりも、片言程度の英語のレベルがある方は、まずはコミュニケーションを図ろうとすることが大事」と佐藤氏。佐藤氏は留学経験があるため、症状の確認や服用上の注意事項の説明といった薬局での日常会話は英語で問題なくできた。薬局で使う実践的な表現は、患者とのやり取りを通して学ぶことが多かったという。例えば、鎮痛剤は専門的な表現では「analgesic drug」だが、患者には「It's for your pain.」や「painkiller」と伝える方がわかりやすいと事例を紹介した。日本語で話しかけてみて、日本語の理解が難しいようであれば、「I will try to speak in English.(英語で説明してみますね)」と一言添えて、コミュニケーションを図ろうという姿勢を見せると、相手の外国人は相談しやすくなり、片言の英語やボディランゲージで意思疎通ができることも多いという。
その上でやはり外国人とコミュニケーションを図るには、「何らかの『武装』は必要。まず英語の応対集や翻訳アプリなどを準備することは有用だと思います」と佐藤氏は準備の必要性を指摘した。ただ、英語でもコミュニケーションが難しい外国人の対応には苦慮しており、「数字を活用し、少なくとも『1日何回』と用法・用量を伝え、薬袋にも数字を強調した手書きの付箋を添えて渡しています。この場合は『飲む』や『塗る』と見てわかるイラストなどがあれば非常に役立ちます」と語った。
また佐藤氏は服薬指導の際には、相手の表情をよく確認するという。ただ相槌を打っているだけで、その薬を何のために服用する必要があるのか十分に理解できていない外国人も多いという。処方理由や薬の効果を理解していないと自己判断で服用をやめる患者も多いため、それぞれの薬の目的を理解させることも外国人患者に対応するポイントとして挙げた。
- http://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/170117_monthly.pdf
- http://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/20170621_monthly.pdf
- 「明日の日本を支える観光ビジョン」:http://www.mlit.go.jp/common/001126598.pdf
- 「観光ビジョンの実現に向けたアクション・プログラム2017」:http://www.mlit.go.jp/common/001186595.pdf
- http://www.mlit.go.jp/kankocho/news08_000235.html?print=true&css=