地震発生から約10分で災害対策本部を設置
4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震源とする、最大震度7の地震が発生した。その後、16日の本震を含め震度6弱を超える揺れが複数回に渡って起き、死者161名、重傷者1,087名、約8,000棟が全壊する被害を出した。
済生会熊本病院は熊本市南区に位置し、震度6弱の地震に襲われた。棚が倒れ、物が散乱する中、スタッフは家族の安全を確認するとすぐに集合し、約10分後には院内に災害対策本部を立ち上げた。リーダーの指示のもと、地震から30分後には1階の正面玄関にトリアージブースを設置し、多職種が連携して搬送されてくる患者を迅速にトリアージした。
済生会熊本病院が位置する熊本医療圏域では、同病院をはじめ熊本赤十字病院、熊本医療センターなど6つの基幹病院が救急搬送を受け入れていた。熊本市の救急搬送件数を見ると、最初の揺れがあった4月14日を境に通常の2倍以上となり、本震が発生した4月16日は250件近くに増えている。中でも済生会熊本病院はもっとも多い1日100件を受け入れているが、これは、全体の1/4を担っていた熊本市民病院が本震後に機能停止したことで、残りの医療機関がより多くの患者を受け入れざるを得なくなったことも背景にある。
済生会熊本病院では地震発生から1週間で約1,000件の救急患者を受け入れ、その後も、5月の大型連休までは救急患者が途切れることはなかった。
災害時の患者対応について同病院副院長の西徹氏は、①断ることなく受け入れ続ける、②しかし、状況に応じてできることとできないことがある、③受け入れた後は治療もしくは搬送(広域搬送)する、の3点を挙げる。実際、対応できないと判断した14人の患者を長崎大学病院などに救急ヘリで搬送している。
棚が倒れ、物が散乱した倉庫内の様子
トリアージブースで患者をトリアージするスタッフ
西 徹氏 提供
ドクターヘリによる広域搬送の様子
西 徹氏 提供
日常業務の継続と緊急時の対応 命に関わる治療の継続は必須
災害発生時には、限られた人員の中で日常業務に加えて災害時の業務に対応しなければならない。西氏は「外来は状況によっては停止もやむを得ませんが、がんの手術や放射線治療、化学療法や透析はいずれも命に関わる治療ですから、長期間の停止は許されません。入院患者のケアの継続と食事の提供も必須です」と話す。同病院では4月15日には他院の透析患者の受け入れを開始し、損傷した化学療法室は地震発生から6日後に復旧している。
災害時に生じる業務として、西氏は、①救急病院としての業務、②避難所としての業務(一般・スタッフと家族)、③災害派遣医療チーム(DMAT)等の派遣、④周辺医療施設のサポート(物資・人)、⑤周辺避難所のサポート、⑥災害対策本部業務(インフラ管理など)、の6つを挙げる。
とくに救急病院の役割は重要だが、救急搬送された患者の状況をみると、地震の直後は外傷が多く、その後は肺塞栓や静脈血栓症の患者が目立っている。車中での避難生活など体を動かせない状況が続いたことが原因だったため、メディアやSNSを通じて予防策を注意喚起した。治療だけでなく、広報活動等を通じて予防啓発を行うことも医療機関の重要な役割といえる。
済生会熊本病院が地震発生から迅速に対応できた背景には、災害拠点病院として、日頃から災害訓練を行い、物資および医薬品を備蓄していたことが大きい。さらに済生会の他の医療機関からも物資やスタッフの支援を受けたことで、病院機能を維持することができた。
ライフラインに大きな被害がなかったことも災害時の対応を可能にした。電気は本震発生時に停電したものの、自家発電に切り替えて復旧。ガスは一時的に停止したが、すぐにガス会社が優先的に供給を開始した。
また医薬品は卸会社も被災し、本震が発生した日は供給状況の確認に時間を費やした。その2日後からは復旧し、安定した供給が行われた。しかしながら交通が寸断されたため配送には長い時間を要していたようだ。
西氏は熊本地震の体験を生かしたいと、全国各地で講演を行っている。2016年10月27日には、第24回日本慢性期医療学会のランチョンセミナー(㈱日本アルトマーク共催)で講演したが、すぐに満席となるなど医療関係者の関心の高さをうかがわせた
講演で西氏は、「災害はいつ、どこで起こるか予測できません。備えをする以外に対策はありません」と、日頃の訓練と備えの大切さを訴えた。
薬剤師の役割とは救急対応、外来業務など多岐にわたる
災害時、病院の薬剤師はどのような役割を担ったのか。済生会熊本病院薬剤部は、帰宅できる入院患者の処方薬調剤と服薬指導、救急外来への医薬品供給を24時間体制で行った。地震から2日後には外来業務が再開されたため、救急患者の対応と並行して、外来調剤や抗がん剤の調製をすべて通常どおりに行えるよう準備を進めた。さらに、かかりつけの医療機関に受診できず薬を希望して来院する患者が増えることを想定し、専用の窓口を設置して処方支援を行った。
災害時に薬剤師に期待される役割について、同院薬剤部部長の田上治美氏は、「医薬品の供給、処方、調剤、投与とすべての薬剤プロセスにおいて、制限された環境下で薬を扱う部署として状況を判断し、最適なルールを策定し、プロセス遂行に関わることです」と話す。
さらに「医薬品の確保と在庫の把握、患者の薬剤情報の収集と代替薬の提案、処方できる薬剤の医師への情報提供など、非常時のイレギュラーな状況に柔軟に対応する必要があります。また全体指揮と連携し、指揮系統を一貫させることも重要です」と指摘する。このように緊急時に素早く薬剤情報を提供するためには、薬剤の知識だけでなく、高度な状況判断能力や柔軟性が求められることから、日頃の訓練が重要となる。
定期的な災害訓練の大切さを実感 災害派遣できる薬剤師の育成を
薬剤師が災害時に役割を発揮するために必要なことは何か。田上氏は、「当院のような災害拠点病院や救急患者を受け入れる施設であれば、災害時に救急患者を受け入れるための薬剤師の役割を明確化し、定期的な訓練を行うことは必須だと思います」と語る。
済生会熊本病院では、災害訓練で、医薬品の供給や応急救護所での調剤、患者指導、2次・3次トリアージ内の医薬品調達などを実践しているが、田上氏は被災した体験から、こうした日頃の訓練がいかに重要かを実感したという。
周辺医療機関が被害を受けた場合に災害派遣できる薬剤師の育成も重要だ。「薬剤師はDMAT業務調整員として、薬剤の供給調達時の情報把握が容易ですし、薬剤の使用時には情報提供力が生かせます」(田上氏)。
済生会熊本病院では、被災直後の数日間、他県の済生会の医療機関から薬剤師の業務支援を受けたことで、緊急対応に追われるスタッフを休ませることができたという。田上氏は、「派遣された薬剤師はDMATでもあると聞きましたが、知らない施設の業務内規を自ら率先して把握し、実行するといった支援の際の行動ルールが身についていました」と話し、派遣された先ですぐに業務を行うことができる“対応力”を磨くことも必要だと指摘した。