電子処方箋の運用が2023年1月26日からスタートしました。電子処方箋の運用開始から約1か月が経過しましたが、まだ電子処方箋の導入方法やメリットを理解できていない方も多いのではないでしょうか。今回は2023年3月9日に開催された株式会社アクシス主催「開始から1ヶ月 厚生労働省 電子処方箋推進担当者ご登壇 どうする?どうなる? 電子処方箋・オンライン資格確認セミナー」にて、厚生労働省電子処方箋サービス推進室室長の伊藤建氏に電子処方箋の意義と最新の電子処方箋状況を解説いただきました。
電子処方箋の導入は「骨太の方針」の一環
2022年の出生数が80万人を割りました。これは推定されていた時期より11年早く、少子高齢化による日本の人口構造が大きく変わってきていることを示しています。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、1990年代から減り始めた現役世代の人口はその後も減少し続け、65歳以上の人口は2040年ごろをピークに、以降は減少していくことが予想されています。
人口動態の変化に伴って医療需要も変化します。在宅患者数の増加によって在宅医療のニーズが右肩上がりで高まることが予想されます。こうした事態に備え、打ち出されたのが「経済財政運営と改革の基本方針」(いわゆる骨太の方針)です。
政府は「社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進」として行政と関係業界が連携して全国医療情報プラットフォームの創設、電子カルテ情報の標準化、診療報酬改定DXに取り組み、医療情報の利用・活用について法整備を進めるために「医療DX推進本部」(本部長:岸田 文雄 内閣総理大臣)の設置を2022年年6月7日に閣議決定しました。電子処方箋の導入はその一環です。
医療機関、薬局が処方箋データをリアルタイムで共有
電子処方箋とは、オンライン資格確認などのシステムを拡張し、現在紙で行われている処方箋の運用を電子で行うしくみです。システム化によって、医療機関と薬局の間で処方意図や調剤結果などに関する情報を共有することができ、医師と薬剤師のスムーズな連携が期待されています。患者は直近の処方や調剤内容の閲覧や、重複投薬などをチェックすることが可能になります。
患者の処方箋データは、運用主体である支払基金・国保中央会の電子処方箋管理サービスに蓄積されていきます。オンライン資格確認のネットワークを通じて医療機関、薬局が処方箋データを共有することになります。
このシステムで特に強調したいのは、薬局のメリットです。これまでおくすり手帳や患者からのヒアリングで得られていた情報から推測を交えて捉えていた患者像は、リアルタイムでデータを入手できることで、患者の実像を把握できるようになります。さらに、情報は自動転記されるので事務の効率化にもつながります。
2025年3月末までに全医療機関・薬局が導入
電子処方箋の導入状況(2023年3月9日現在)は、全国の751施設(大半が薬局)で運用が開始され、システム改修前の42,000施設が利用申請をしています。また、電子署名に必要なHPKIカードは約44,000枚発行され、申請件数も単純に足し上げると10万を超えています。
電子処方箋の運用状況を地域別にみると、医療機関、薬局とも開始している市町村があるのは13都府県に留まっています。医療機関か薬局のいずれかが開始している市町村があるのは25道府県となっています。電子処方箋のシステム導入に対応(見積り、改修)が可能な事業者は21社あります。
現在、マイナンバーカード、健康保険証のどちらでも電子処方箋を利用できますが、2024年秋を目途にマイナンバーカードと健康保険証の一体化によって健康保険証は廃止されます。電子処方箋は2025年3月末までにすべての医療機関・薬局への導入を目指すことが閣議決定されています。
システム導入、カード発行に補助金
電子処方箋の導入は、①準備開始、②システム事業者へ発注、③導入・運用準備、④運用開始・補助金申請の4段階で進められます。なお、前述の利用申請42,000施設は「システム事業者へ発注(電子処方箋利用申請)」の段階にあり、改修前でHPKIカード申請済み、事業者への発注済みといった状況です。
電子処方箋の導入費用については補助金が交付され、施設の規模等に合わせて4段階で上限額が設定されています(表1)。また、HPKIカードの発行費用の一部が補助されます(表2)。電子処方箋のメリット、導入の手順、利用方法、運用マニュアルなど、電子処方箋に関する情報が公開されています。
表1 電子処方箋システムの改修費用の補助
大規模病院 (病床数200床以上) |
病院 (大規模病院以外) |
大型チェーン薬局 (グループで処方箋の受付が 月4万回以上の薬局) |
診療所・薬局 (大型チェーン薬局以外) |
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補助内容 |
162.2万円を 上限に補助 (事業額の486.6万円を上限 にその1/3を補助) |
108.6万円を 上限に補助 (事業額の325.9万円を上限 にその1/3を補助) |
9.7万円を 上限に補助 (事業額の38.7万円を上限 にその1/4を補助) |
19.4万円を 上限に補助 (事業額の38.7万円を上限 にその1/2を補助) |
※消費税分(10%)も補助対象であり、上記の上限額は、消費税分を含む費用額。
出典:厚生労働省 資料
表2 HPKIカード費用の補助
- 補助期間令和5年4月1日〜令和5年6月30日までに認証局において受理されたもの
- 補助額
認証局 | 区分 | 補助適用前発行費用 (税込み) |
補助額 (税込み) |
補助適用後発行費用 (税込み) |
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日本医師会 | ー | 5,500円 | 1,375円 | 4,125円 |
日本薬剤師会 | 会員 | 19,800円 | 2,750円 | 17,050円 |
非会員 | 26,400円 | 2,750円 | 23,650円 | |
一般財団法人 医療情報システム開発センター |
ー | 26,950円 | 2,750円 | 24,200円 |
※詳細は、https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001075064.pdf
出典:厚生労働省 資料
電子処方箋システムは医療DXを構築する骨幹の1つ
電子処方箋を導入した施設に感想を聞くと、「導入時の作業自体は数時間程度で完了した」、「システムを止める必要もなくスムーズに移行できた」、導入後の業務について「業務全般が迅速化され、さらに服薬指導については患者のアドヒアランスの向上も期待できる」など、案ずるより産むが易しといった感触を持っていました。一方、患者の反応としては、「高齢者でも電子処方箋でスムーズに薬をもらえた」、「おくすり手帳を持参しなかった時でもチェックできるので助かる」、「電子処方箋と聞くと不安だったが、実際にやってみると簡単だった」といった声が届いています。
電子処方箋導入のモデル事業を実施した日本海総合病院(山形県酒田市)、公立岩瀬病院(福島県須賀川市)は「患者の医療安全の観点から電子処方箋は有効」、「大規模災害、パンデミックでの有益性に期待できる」と手ごたえを感じています。
電子処方箋システムは医療DXを構築する骨幹の1つであり、マイナンバーカードと健康保険証の一体化、オンライン資格確認の義務化など、国策として不可逆的な流れのなかで進められていきます。薬局には、早期着手で日本の医療を変えていくという気概でこの流れをリードしていっていただくことを期待しています。
参考 電子処方箋の説明動画、運用マニュアル、手引きなどのアクセス先
医療機関向け https://youtu.be/k46iUfeTTDc
薬局向け https://youtu.be/VYnqAz5svEI
医療機関向け https://youtu.be/alvAozT0mL8
薬局向け https://youtu.be/fOeu4D-Mul4
動画よりも詳細に、電子/紙の処方箋といった各パターンに応じた業務内容を理解できます。
医療機関向け
https://www.iryohokenjyoho-portalsite.jp/download/docs/unyou_manual.pdf
薬局向け
https://www.iryohokenjyoho-portalsite.jp/download/docs/unyou_manual_pharmacy.pdf
https://www.iryohokenjyoho-portalsite.jp/docs/denshi_tebiki.pdf
出典:厚生労働省 資料
2025年の本格稼働を目指す電子処方箋の申請・導入のポイント、将来展望について、厚生労働省電子処方箋サービス推進室室長の伊藤建氏、株式会社アクシス取締役の新上幸二氏、本誌編集長の川瀬に、それぞれ国、医療IT企業、メディアの視点でディスカッションしてもらいました。
足並みそろわず、手探り状態
新上 電子処方箋の導入について「何から始めて良いのかわからない」、「実際の業務のイメージがわかない」といった意見を聞くことが多いのですが、最初の一歩が踏み出せないように見えます。
川瀬 取材などを通じて医療機関、薬局の電子処方箋導入の動きを見ると、医療機関では足並みがそろっていないのが現状です。薬局に関しても、手探り状態といった様子です。HPKIカードの発行は進んでいる状況ですが、システムベンダ事業者で電子処方箋への対応が追いつかない企業もでてきています。対応可能なシステムベンダ事業者さんを確認し、速やかに連携しシステム改修を実施することが必要なのではないかと思います。
新上 医療機関、薬局が参画したモデル事業を通してどのような指摘や報告が出てきましたか。
伊藤 電子処方箋の情報を調剤室の中で見ることができないという指摘がありました。これについて、タブレットを使うことで調剤室の中でも情報を見ることができるようになったという施設も声もいただいています。患者から電子処方箋のしくみや取り扱い方について質問され、対応に困ったという医療機関もありました。厚生労働省では、ポスターやデジタルサイネージの説明用の各種ツールを用意していますので、これらの資料を医療機関に患者説明用として活用していただければと考えています。
新上 医療機関、薬局にとって、電子処方箋の導入にかかる費用は重大な関心事です。補助金の申請・利用状況についてはいかがですか。
伊藤 システム改修後に補助金の申請ができるしくみになっており、運用を開始した751施設は改修が終わって補助申請が始まった段階です。
川瀬 電子処方箋の導入費用については補助金が交付されますが、医療現場の声を踏まえ、2023年度の電子処方箋システム改修補助が見直され、22年度と同率まで補助が引き上げられました。補助金がインセンティブとなって、今後は申請・導入に拍車が進むかどうかがポイントです。
まずは大規模施設が導入して、大きな流れを作る
新上 2025年3月までに全医療機関・薬局が導入するために、最初に重要となるポイントはどこになりますか。
伊藤 現在、公的医療機関に対して早期導入を働きかけています。公的医療機関での導入は地域の医療機関や薬局へのインパクトになると思います。おくすり手帳や患者への聞き取りで得ていた情報がデータで一元的に見られるのは薬局にとって大きなメリットです。したがって、まず、薬局にしっかり導入を進めてもらって、薬局から医療機関に発破をかけていただくような形になれば、電子処方箋が全国的により早期に普及するのではないかと思っています。
新上 本誌の読者が電子処方箋を導入するためには、どのようなことがきっかけになるとお考えですか。
川瀬 モデル事業に参加した薬局は別にして、「まだよくわからない」という声が多いのが現状です。伊藤さんの話にあった通り、まずは大規模施設が導入して電子処方箋が浸透するための大きな流れを作るのが良いのかもしれません。電子処方箋の情報と薬歴システムなどで共有できる情報を組み合わせることで、医療に関する全体の情報量が増え、薬剤師としては、よりたしかな対人業務を実施できるようにと思います。
伊藤 将来の日本の人口動態の変化に対応する医療システムを築いていくためには医療DXの推進が重要な鍵となります。薬局の皆様にはご負担をかけますが、一緒に日本の医療を大きく変えていくという強い気概を持って推進していきたいと考えています。
※本記事は2023年3月9日時点の取材をもとに作成しておりますため、最新の情報と異なっている場合があります。最新情報は厚生労働省HPなどをご確認ください。
(写真左)新上氏 (写真中央)伊藤氏 (写真右)弊誌川瀬氏
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