対人業務の重要度と期待が高まる中、服薬ケア医療学会第13回大会では、「SP研修」の実践型講演が行われました。SP研修は、ロールプレイとどこが異なり、何が学べるのでしょうか。
SP研修とは
「SP」とはSimulated Patient、すなわち「模擬患者」であり、薬剤師におけるSP研修は模擬患者に対する服薬指導の研修だ。服薬ケア医療学会では、前身の服薬ケア研究会の時からSP研修を全国で実施してきた。
本学会理事長の岡村祐聡氏は、薬剤師相手のSPの必要条件として、医師とのコミュニケーションは十分か、処方薬に対する不安や不満はないか、治療のモチベーションはどうかなど、「患者さんの気持ちをフィードバックしてくれること」を挙げている。
ロールプレイvs. SP研修
ロールプレイとは、登場人物がそれぞれの役割(ロール)を決め、そこで何らかの目的をもって模擬応対(プレイ)をすること。SP研修も、ある意味ではロールプレイではあるのだが、一般的なロールプレイとは似て非なるものであるという。何が違うのだろうか。
岡村氏は、「通常のロールプレイは、セールストークのような内容を流暢に話す練習になります。それ自体の意義はあります。しかし、それだけでは薬剤師が実際に応対する患者さんへの服薬指導の練習にはならないと思います」と話す。患者さんが持つ感情などが細かく設定されていないため、リアルな患者さんの反応が体験できないという。
岡村氏は「家族構成や日常生活が事細かく設定されているSP研修では、患者さんの表情や態度から、反応の善し悪しを見ることができます。まるで本当の患者さんに応対する時のように練習できるということです。そのためSP研修は、トークの練習になるだけでなく、薬剤師の患者応対の善し悪しをリアルに見極めることが出来るのです。もちろん非言語表現を読み取る練習にもなります」とSP研修の長所を強調する。
患者の感情への着目
講演で岡村氏が示した「必要なSPの資質(表1)」では、とりわけ患者の感情への着目が重視されている。
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服薬ケア医療学会の講演内容をもとに作成
岡村氏は、「人間の行動は感情に大きく左右されます。感情面がポジティブであれば、行動もポジティブになりがちで、逆もまた然りです。患者さんが、理性として『自分はこの薬を飲む必要がある』とどんなに分かっていても、『嫌だ。飲みたくない』という感情がどこかにあるなら何とかして飲み忘れようとするものなのです。」と説明した。
服薬指導の現場では薬剤師の何気ない言葉によって、患者さんが嫌な気分になったり、逆に嬉しくなり「がんばって生活改善しなくちゃ」と思うことがある。薬剤師の応対の善し悪しによって心の動きを完璧に再現することは、本物の患者さんとの応対により近い状況を作り出す。
患者設定の細かさ
服薬ケア医療学会のSPでは、ここまでは要らないだろうと思うようなものも細かく設定されている。岡村氏曰く、細かく設定すればするほど患者さんの非言語に厚みが出て、リアルな反応が返ってくるようになる。「家族構成、年齢はもちろんのこと、夫の年収、持ち家の住宅ローンがまだ残っているかどうか、最近家族で喧嘩したエピソードや、どこかに出かけて楽しかったエピソードまで決めることもあります。生活サイクルは分単位で細かく設定しています。近隣との交流を大切にしているSPの場合、ご近所さんの名前やいつもどんな付き合いをしているのか、昨日はその人と会ったのか否か、どのような話をしたのかまで決めることもあるのです」と語る。
本学会では、SP研修の実演が行われた。その際に薬剤師役に支給されたSPの基本情報が表2。これはあくまで基本情報。ほかにも極めて細かい部分までSPの人物像を設定しているという。10分間の薬剤師応対としてはまず聞かれないだろう内容もあるそうだ。
患者本人 基本情報 |
患者氏名:梅里 ゆり子(うめさと ゆりこ) 生年月日:昭和31年4月11日(67歳) 体格:身長157cm、体重63kg、BMI 25.56 既往:花粉症(スギ、ヒノキ、イネ科) 、高血圧症、高脂血症、糖尿病 副作用歴:なし 併用薬:なし(サプリメントの利用もなし) 嗜好品:喫煙歴なし、お酒は好きでご主人との晩酌が日課 車の運転:する |
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来局時の 言動や印象 |
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患者ご家族 情報 |
ご主人 浩一さん、娘さん 鈴木ちひろさん、ちひろさんのご主人 隼人さん ちひろさんのお子さん りんさん、ゆうりさん、理久くん 長男さんは大学入学時に県外へ出て以降そのまま。 次男さんは市外在住 いずれも帰省中に体調を崩された際には、そのご家族も含め利用される。 |
処方内容 |
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服薬ケア医療学会ご提供
いざ、実践
表2のSPを用いて、表3の実施方法や役割のポイントが説明された後にSP研修が実践された。
SP研修の 実施方法 |
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チューター |
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薬剤師役 |
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SP役 |
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オブザーバー |
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服薬ケア医療学会の講義内容をもとに作成
【SP研修実践一人目】
薬歴抜粋情報に「2年前に3kg以上の体重増加があった」旨が記載されていたため、薬剤師は、真っ先に体重について確認した。
これに対し、振り返り時に、SPとしては「今日はHbA1cが上がっていたことを主治医と話した後に調剤薬局に来たので、応対時にはHbA1cの数値を元に戻すヒントが欲しいという思いが心にありました。体重の情報は必要な情報なのだろうなと思いつつも、女性として体重を突然尋ねられるのは…」と振り返った。
チューターの岡村氏は、「このような患者さんの胸のうちは、聞いてみなければ分かりません。2年前の情報に着目するよりも、今この瞬間に患者さんの不安や不満、診療に対して思っていることを探るというのは、服薬指導のスタートとして重要です。必要に応じて過去の薬歴を振り返ることも大切ですが、目の前の患者さんの「今」の状態をもっと引き出す会話が必要です」と評価。
これに加えて、SPは「薬剤師が薬歴閲覧やメモ記録により顔を伏せていたため、目を合わせられず、薬剤師とリレーション(会話が弾むような信頼関係)はできにくかったです」とフィードバックした。
【SP研修実践二人目】
血糖値上昇の原因を探るため、薬剤師がSPに食事内容を尋ねたところ「最近、和食から洋食中心に変わった」とSPが回答した。そこで、さらに突っ込んだ質問として、洋食中心になったことに伴う他の変化があったか否かを質問。SPは「娘と同居する生活になった」と回答した。
SPの振り返りによれば、「娘と同居することになった話は、薬剤師に親しみを覚えていない段階では本当はあまり話したくありませんでした。ですが、結局は言うことになるだろうという雰囲気を感じ、聞かれた時点で話しました。また、その直後にそれを主治医に伝えたか否かを薬剤師に確認されましたが、娘と同居の話がなぜ主治医に言わないとならないことなのかがわかりませんでした」。
この振り返りを受け、薬剤師役は「子どもが好む高カロリーな洋食に変わったことが、血糖値が上がった理由のひとつかもしれません」といった説明が足りなかった、と振り返った。これには岡村氏も同意。一方で、SPから「話のテンポが始めは早かったけれど、私に合わせてゆったりしたテンポに変えてくれたことを感じて良かった」というポジティブなフィードバックもあった。
【SP研修実践三人目】
開始から薬剤師が満面の笑顔で挨拶してくれたので、自然とこちらも笑顔になったとSPが振り返った。服薬指導を録画した動画を確認しながら、チューターの岡村氏は「SPの話を自然に引き出しています。また、薬剤師が話しているときのSPの様子を見ると、非常に自然に頷いていますね。これは薬剤師がSPとリレーションを構築できている証です」と評価。一方で、岡村氏が「そこからが課題。薬剤師としてのアセスメントとプラン。アセスメントに見合うO情報をもっと引き出せると良いです」と指摘した。
本学会のSP研修では、実践を録画し、実践後に会話を詳細に振り返った。
言葉だけでなく、患者役や自身の表情をつぶさに見ることで、薬剤師の言葉に対し、患者がどのように反応したかを確認していく。
岡村氏の新著をご紹介
服薬指導と薬歴記載のコツがここに! 症例で学ぶ プロブレムの見つけ方
著:岡村祐聡 氏
発行:2023年9月 薬ゼミファーマブック
定価:2,200円(本体2000円 + 税)
B5判 118頁
服薬ケア医療学会が常に強調する「患者のプロブレムの発見」。それを実践する実例集が書籍化され、2023年9月に発売されました。
本記事のキーワードになっている「感情への着目」も解説ステップに組み込まれています。めまい・ふらつき、骨粗しょう症治療薬、眠れない、服薬への不安、話をすり替える糖尿病患者、運動や食事に気をつけても薬が出た患者、便通の悩み、血圧を言いたがらない患者、来局間隔がバラバラ、来局のたびにステロイドの質問をする患者、新しい薬が効かない患者、「ちゃんと飲んだ」と言う患者、気の短い患者…バラエティーに富んだ内容の実例集です。