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Special Report

トレーシングレポートの運用と技能を磨く症例カンファレンス

2024年7月号
豊洲エリアの地域連携から学ぶ トレーシングレポートの運用と技能を磨く症例カンファレンスの画像

薬薬連携のなかで、トレーシングレポート(TR)活用の意義は大きい。東京都江東区豊洲にある昭和大学江東豊洲病院とその周辺の保険薬局では、TRを円滑に運用するために体制を構築し、積極的な情報発信と共有、さらに協働して病院・薬局薬剤師が技能を向上させる取り組みを行っている。今回は、当豊洲エリアの薬薬連携の推進にあたり、中心的な役割を担っている江東区薬剤師会副会長の山崎敦代氏と昭和大学江東豊洲病院薬剤部の喜田昌記氏と柏原由佳氏にお話を伺った。

時間と複数の担当者を決めてトレーシングレポートを対応

昭和大学江東豊洲病院では、毎日決まった時間にトレーシングレポート(TR)担当の5名の薬剤師が、TRを確認するようにしている。同院薬剤部薬剤部長の柏原氏は、「どの薬剤師も、病棟での臨床業務をはじめ多くの業務を抱えています。担当者と時間を決めて取り組まなければ、TR対応は持ち越されてしまいます」と、過去の経験を踏まえ、このような体制を取る背景を説明する。
同院薬剤部の喜田氏は、「薬剤部に担当者を置くことで、保険薬局側は病院に相談しやすくなり、『顔の見える関係作り』に繋がります。病院側としても、保険薬局への対応のほか、院内の医師や関係者にTR情報の共有や相談などを行う際に、薬剤部の誰が対応したかが追いやすいという利点があるのです」と担当者の配置の意義を補足する。
また、同院は複数の薬剤師でTRの確認にあたることも大切にしている。複数名でTRをアセスメントすることで、より多くの気づきや意見を踏まえて対応できると考えるためだ。

トレーシングレポートへの取り組みと件数の推移

喜田氏によれば、同院がTR担当の薬剤師を設けたのは2018年。併せて、江東区の地域連携協議会でもTRの積極的な送付を強く呼び掛けた。2019年からは、症例検討会を開催し、TRの記載手順に関する講義も行った。本講義には数多くの参加者が集い、飛躍的にTRの件数が伸びる一因となった。喜田氏は「ここ数年でみると年間平均350枚を超える枚数までにTRが増加しています」と推移を示す(図)。

図 トレーシングレポートへの取り組みと件数の推移
喜田氏提供資料より

診療報酬改定も件数に関連 病院からの情報発信がきっかけに

2020年度以降、TRの提出件数が伸びた別の要因として、柏原氏は診療報酬改定の影響も大きいとみている。同院の連携充実加算の算定開始に伴い、病院から化学療法の対象患者に関する情報提供書を送付するようになった結果、保険薬局から返信としてTRが送付されることが増えたという。
また、柏原氏は同院が応需するTR情報の特徴として、がんだけでなく、様々な疾患に関する内容が多いことにも触れ、これは退院時薬剤情報連携加算に関連して、「『薬剤管理サマリー』の作成にも注力した結果、同サマリーに設けられた薬局からの返信用紙の返信とともにTRの返信も増加したとも考えられます」と分析している。柏原氏は、「病院から得た情報をもとに、TRの送付をしてみようという薬局が多いのではないでしょうか」と、TRの運用には病院からの情報発信が欠かせないと感じている。

患者さんの日常を知るのは保険薬局 常にアンテナを張り、報告を習慣づける

喜田氏は、TRで送付してほしい情報について、「個々の薬剤に対する副作用や服薬アドヒアランスはもちろん、日常生活の様子や複数の医療機関から処方された薬剤間の相互作用についても教えてほしいですね。保険薬局は、自宅といった生活のなかで服薬している患者さんの情報を得られる場。病院薬剤師の立場からすると、保険薬局は、病院では分からない服薬情報が集約され得るのです」と語る。
また、TRの対象となる患者は何も抗がん薬ばかりではない。喜田氏は、「例えば、緑内障治療薬のブリモニジン点眼薬の副作用に血圧低下やめまいがありますが、こうした副作用が起こっていることを、TRで情報を共有していただいたことで転倒を防げたことは特に高齢者で大きな意義がありました」と、目薬という身近な薬で例を挙げた。山崎氏や柏原氏も「ワルファリン服薬中に併用注意にあたる納豆を食べていて、PT-INRの値が変動していたこともあった」「徐放剤のオキシコドンを自宅で切断して服薬していた」といった思いがけない事例を経験したことがあるという。
「TRになる症例があまりない」と悩む薬剤師に対し、喜田氏は「保険薬局だからこそ見える患者さんの日常生活や身近な薬のリスクを探ってほしい」と話す。どのような薬に対してもアンテナを張って情報収集に努め、気になる点はすぐに病院に情報発信することを習慣づける姿勢が大切だと感じている。また、「現状、保険薬局では患者さんの詳細な病名や治療歴など、わからない情報が多い点はあると思います。そのため、保険薬局からの何気ない情報が、病院のカルテ情報と照合すると、リスクの早期発見や重大なリスク回避に繋がることもあります。TRで報告すべき情報か迷った場合でも、まずは情報を送って共有いただけると嬉しいです」と熱弁する。

保険薬局が送りやすいことを優先に病院提供のフォーマットを活用する

同院は、通常のTRの様式とは別に、抗がん薬用、吸入支援用などいくつかの種類に分け、確認事項をあらかじめ記載したTRのフォーマットをHPに掲載している。しかし「実際は、当院のフォーマットにある確認事項を参考に、薬局独自の様式のTRを応需することが多いです」と喜田氏。
柏原氏は「病院側が提供するTRフォーマットは、病院薬剤師が知りたい情報を形式立てて記載しているので、病院側が確認する際には非常に有用です。一方、保険薬局側にとっては確認項目や回答できない箇所も多く、煩雑に感じることもあるのではないでしょうか。病院提供のTRフォーマットを使用する際は、項目をすべて埋めて作成する必要はない。あるいは、あくまでそれを参考に、保険薬局側が作成しやすい様式でTRを作成いただきたいという方針を取っています」と話し、保険薬局がTRを送りやすいよう、こうした方針も病院が情報発信し続けなくてはいけない点だと挙げた。

昭和大学江東豊洲病院HPに掲載しているトレーシングレポート例
左は通常の様式、右は吸入支援用の様式

自分たちに関わる患者を守るために地域連携のモデルケースを目指す

江東区薬剤師会と昭和大学江東豊洲病院薬剤部は、偶数月(8月/2月を除く)の第4週水曜日に、TRに関するカンファレンス(豊洲ベイエリアトレーシングレポートカンファレンス;TBTC)を開催している。参加薬局は、同院周辺の保険薬局と、その他江東区にある保険薬局が中心だ。喜田氏は、「基本的に参加の対象を、しっかりと繋がりを築くことができる現実的な範囲に限定していることもポイント」だと指摘する。そして、実際の症例をもとに、参加者は「自分ならどう対応するか」を考えて積極的に意見を述べ合い、病院薬剤師・薬局薬剤師がともに技能を高める場になっている。
また、TBTCの開催月以外では、別途、山崎氏は同院とその周辺の保険薬局とで地域連携協議会を定期開催している。TBTCで扱う内容や、薬薬連携を円滑に進めるうえでの現状の課題や解決策の提案を協議し、意識のすり合わせをしているという。
豊洲エリアの一連の活動を通し、「目指すは日本一の地域連携」と強い思いを語る。薬物療法の質を高めるために、常に話し合って連携の強化や知識の向上を図り、自分たちに関わる患者さんを守る。TBTCを通して、AIではできない技能を持つ薬剤師、ビジネスモデル(敷地内/医療モール)に依存しない患者さんのかかりつけ薬局を目指す。山崎氏は、こうした取組みが薬薬連携の1例として、全国に広まればとも願う。

TBTCの目的と症例カンファレンスの事例紹介

目的
薬局薬剤師と病院薬剤師が、病院で得られる患者情報を共有することで、薬剤師の臨床的な技能の向上を図る
  • 臨床的な技能とは、薬の飲み方だけでない患者さんごとの病気に合わせた服薬指導、副作用・相互作用の早期発見、薬物治療の提案、服薬コンプライアンスの向上/工夫など
  • 患者さんのために薬剤師が「何を能動的に実施するか」であり、臨床的な技能のなかで、何ができる/何をすべきかを考えていくことが重要
  • TRは医療機関に対し、情報発信という行動ができる1つの武器。TR症例を通して、患者さんに対し何ができるかを考える
  • 2024年4月24日開催TBTCセミナー そうごう薬局豊洲店 菊池麻子氏の講演より引用・一部改変
事例
薬剤管理サマリーの事前共有により、患者さんとスムーズに信頼関係を結べた事例

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