固形がんに比べて造血器の悪性腫瘍は発生頻度が低く、三谷氏によると成人の急性白血病の中で最も多いとされる急性骨髄性白血病(Acute Myeloid Leukemia:AML)でも人口10万人あたり5人程度となっている。
AMLは、骨髄の中にある造血幹細胞(骨髄系幹細胞)に異常が生じることによって血液細胞ががん化し、骨髄の中で無制限に増殖する。血球減少に基づく症状と白血病細胞の増殖による臨床症状を呈する。正常な造血が抑制され赤血球が減少することによって動悸、息切れ、倦怠感が現れる。また、白血病細胞の増殖によって発熱(腫瘍熱)が見られるようになる。白血病細胞がさまざまな臓器に浸潤してリンパ節腫大、肝臓・脾臓腫大、歯肉腫脹などをもたらす。
急激に進行することが多いのもAMLの特徴で、こうした臨床経過、末梢血検査所見と、骨髄検査によって確定診断が行われる。
AMLの発症には遺伝子異常が関係しており、三谷氏は代表的な遺伝子変異として、エピジェネティクス制御因子遺伝子の変異(基本的な遺伝子発現のしくみを破綻させる)、転写制御因子の変異(正常な分化を抑制する)、シグナル伝達分子の変異(無制限な増殖をもたらす)の3つを示した。
AMLの遺伝子異常には、2本の染色体の末端が入れ替わってできるキメラ遺伝子などが関わっており、「治療戦略を立てるうえでその情報が重要になる」と三谷氏は指摘する。たとえば、キメラ遺伝子inv(16)を持っている患者は骨髄移植の必要がなく予後も良好な場合が多いという。
AMLの治療は化学療法と造血幹細胞移植が中心だ。治療成績は15歳~59歳では年々上がっており、移植療法と支持療法の進歩によるという。一方、60歳以上については移植療法の恩恵を受けにくいこともあって治療成績は伸びていないという。
三谷氏は、AML治療のアンメットメディカルニーズとして、①再発・難治例に対する治療、②高齢者の治療、③長期生存率・治癒率を向上させる治療の3点を挙げた。こうした状況を踏まえ、分子標的療法や免疫療法への期待が高まるという。
分子標的療法は、抗がん剤のように白血病細胞と正常な造血幹細胞の両方を攻撃はせず、腫瘍細胞だけを選択的に攻撃するため、副作用を抑えることができる。
米国では現在、FLT3変異陽性の成人初発AMLに対する第一世代のFLT3阻害剤(Midostaurin)、IDH2変異陽性の再発・難治AMLに対するIDH2阻害剤(Enasidenib)、CD33発現陽性の成人初発AML、および2歳以上の再発・初回不応AMLに対する抗体化合物複合体(ゲムツズマブ・オゾガマイシン)、成人治療関連・MDS関連AMLに対するシタラビン・ダウノルビシンのリポゾーム製剤(CPX-351)が承認されている。
現在、日本国内では、急性前骨髄球性白血病に対する全トランス型レチノイン酸と、再発・難治AMLに対するゲムツズマブオゾガマイシンが使用されており、製薬メーカー8社で新たな分子標的薬の開発が進められている。
三谷氏は「本格的なゲノム医療の時代に入ったいま、これらの治療薬の早期承認を期待している」と述べた。
獨協医科大学
血液・腫瘍内科教授
三谷絹子氏