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正常性バイアスの法則

2020年9月号
医療健康行動を促す2つの方策

医療健康行動を促すには「利益強調型」と「損失強調型」のどちらが効果的?

近年、医療行動経済学の研究が進んでいます。この研究には大きく2つのタイプがあり、1つは人が意思決定する際の行動経済学的な“クセ”を突き止める研究であり、もう1つはそうした“クセ”を利用して積極的な医療健康行動を促すための方策を考案する研究です。
では、人はどのような“クセ”を持ち、どのような結果につながっているのでしょうか。これまでの研究では、リスク回避的な人ほど、タバコを吸わなかったり、深酒をせず、肥満になるような生活を避け、血圧などの管理をきちんと行う傾向があるため、慢性的な疾患を持ちにくいようです。このリスク回避的な人の行動は、喫煙や過度の飲酒を控えたり、美食に走ったりしないため、生活上の満足度は高くないものの、健康を悪化させる可能性が低くなるという利益が得られます。
一方、せっかちな人や、物事を先延ばしにする傾向のある人は、積極的な医療健康行動をとらず、喫煙者や肥満が多く、検診や予防接種などへの参加が少ないことがわかっています。禁煙や検診を受診すれば、健康状態の改善や病気の悪化を防ぐという利益が見込めますが、この利益はすぐに発生するわけではありません。逆に、禁煙をすることの精神的な辛さや、検診を受診するための費用や時間はすぐに発生します。せっかちな人や先延ばし傾向の人は、将来の健康的な状態の価値を大きく割り引いて評価し、すぐに発生する費用を大きな負担に感じるため、積極的な医療健康行動をとらない、と考えられています。
このようなせっかちな人や先延ばし傾向の人に積極的な医療健康行動をとってもらうためには、たとえば金銭的なインセンティブを提供するという方法が挙げられます。アメリカのペンシルバニア大学が行った減量プログラムの研究によると、目標体重に達した割合は、参加者に宝くじを提供したグループが53.6%だったのに対し、宝くじのないグループは10.5%にとどまりました1)
利益を追加するのではなく、将来の損失を強調して大きく見せるという方法もあります。これは、「100円得した」という満足感よりも、「100円損した」という損失感のほうが大きく感じるという一般的な人の特性を利用するものです。この応用では、「〇〇をすれば、あなたの健康状態はこれだけよくなります」というように利益を強調するのではなく、「〇〇をしなければ、あなたの健康状態はこれだけ悪くなります」といったように損失感を強調します。
また、このようなメッセージに、「他人がどうしているか」という情報を追加することも有効です。行動経済学では、人は他人と同じ行動を取らないことに損失を感じると考えられているからです。社会規範とされている事柄に従うことで、満足感も得られます。ただし、他人への視点が行き過ぎると、自粛警察や正常性バイアスのようなものに繋がってしまう危険性もあるかもしれません。
どのようなメッセージを発信するかによって、医療健康行動が大きく変わることがあるため、現在も様々な研究が続けられています。

  1. Volpp KG, et al.: JAMA 2008: 300; 2631-2637

〈参考文献〉
大竹文雄・平井啓 編著, 医療現場の行動経済学 すれちがう医者と患者, 2018, 東洋経済新報社

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