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美容院脳卒中症候群の法則

2019年3月号
美容院脳卒中症候群の法則の画像

脳卒中の今昔。昔は風、今は美容院との関連も?

平安時代末期(12世紀)に制作された絵巻物「病草紙(やまいのそうし)」には、口がゆがみ、左足は不自由で正座ができず、手もふるえているためまともに碁を打てない男性が描かれています。その詞書(ことばがき)では、この男性は風病(ふびょう)によって、厳寒のなか、裸でいる人のように、ふるえわなないている、と説明されています。この風病とは、脳卒中のことです。昔は、悪い風が体に影響を及ぼすと考えられていて、風病という言葉が用いられていました。卒中という言葉も、「にわかに(=卒)」「(悪い風に)中(あた)る」という意味です1)。当時は、脳血管が破れたり(脳出血)、詰まったり(脳梗塞)すると、手足の麻痺や言語障害が生じるとはわからなかったわけですから、悪い風が原因だと思うしかなかったといえます。
現在では、脳卒中を引き起こす基礎疾患として、高血圧や動脈硬化などが知られていますが、報告例は少ないものの、「美容院脳卒中症候群(beauty parlor stroke syndrome)」と名づけられた脳卒中があります2)。美容院では仰向けで洗髪するので、その際に首が後方に過度に屈曲(後屈)します。首の左右には、脳幹部や小脳に栄養を送る椎骨動脈がありますが、首の屈曲によって、その椎骨動脈に狭窄や閉塞をもたらしたり、椎骨動脈の血管壁が裂ける外傷性動脈解離を起こすなどして、脳卒中が生じると考えられています。
自宅で美容院脳卒中症候群を発症した症例も報告されています3)。その症例は30歳の男性で、発症の3年前からソファに寝そべり、ひじ掛けから頭部を垂らし、首を後屈させて、ドライヤーで髪を乾かす習慣がありました。この姿勢で首を左に回したところ、急にめまいが出現したそうです。起立や歩行ができなくなり、構音障害や顔面を含む右半身の温痛覚低下なども認められ、脳血管造影などの検査によって椎骨動脈解離と診断されました。医師らは、低分子デキストランやオザグレルナトリウム、エダラボンの投与により脳の虚血に伴う症状の改善を図り、発症3カ月後には普通歩行が可能になりました。
この症例は、美容院ではなく自宅で発症しているため、厳密には美容院脳卒中症候群と異なりますが、その発症機序は同様です。外傷性動脈解離は、交通事故やスポーツでの急激な首の後屈・回旋によって発症するケースが多いのですが、日常的な動作でも起こりうるのです。特に、首を後屈させる姿勢での洗髪は、美容院だけでなく、病院や在宅介護の現場でもごく普通に行われていることから、医療や介護に携わる人たちは、十分な認識を持つ必要がある、と論文の著者らは指摘しています。

  1. 立川昭二: 救急救命 2007; 18: 18-19
  2. Weintraub MI: JAMA 1993; 269: 2085-2086
  3. 植田明彦ほか: 脳卒中 2004; 26: 461-464

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