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クマゼミの羽に隠された驚くべき作用とは?

2018年11月号
昆虫の羽の法則の画像

クマゼミなどの透明な羽は、林立する“突起”で物理的に細菌を殺す

2018年8月、「関大チーム 最強『セミの羽』抗菌材 安全な製品開発期待」という見出しの記事が毎日新聞のニュースサイトに掲載されました1)。クマゼミの羽の構造をまねて、強力な抗菌効果がある材料を作り出すことに、関西大学システム理工学部機械工学科教授の伊藤健氏のチームが世界で初めて成功した、というものです。セミの羽と抗菌材が、いったいどのように関係しているのでしょうか。
この抗菌材の開発のベースとなる驚くべき発見が2012年に報告されています2)。豪スウィンバーン工科大学のエレーナ・イワノワ氏が率いる研究チームが、抵抗力の低下した人に呼吸器感染症や尿路感染症、敗血症などを引き起こす緑膿菌に対して、セミの羽が強力な殺菌作用を及ぼすことを見出したのです。同研究チームはベニヒメトンボを用いてさらに研究を推し進めました3)。トンボの羽の表面を電子顕微鏡で見ると、高さ240ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)の突起が林立しています。びっしりと並んだ突起によって羽の表面積が増え、細菌の吸着量が増加することに加え、この構造自体が細菌を引き寄せる力(毛細管力)を持っています。そのため、この“トラップ”にかかった細菌は身動きできなくなります。そして、突起により細菌の細胞壁が変形し、破壊されて死滅してしまいます。つまり、セミやトンボの羽は、林立した突起によって “物理的”に殺菌していたのです。
このような羽に似た物質があれば、抗菌材として活用が期待できます。探索に乗り出したイワノワ氏らは、細菌を殺す表面構造を持つ物質を突き止めます。その物質とは「ブラックシリコン」。1990年代に偶然発見された物質で、これをソーラーパネルに用いることで発電効率を高めた太陽光発電システムが開発されています。ブラックシリコンの表面を触っても滑らかですが、高さ500ナノメートルの突起が並んでおり、セミやトンボの羽の構造に酷似しています。このトンボの羽とブラックシリコンに、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、枯草菌の3種を付着させ、効果を調べました。この中でも枯草菌は、芽胞と呼ばれる耐久性の高い細胞構造を有しています。すると、羽もブラックシリコンも極めて強力な殺菌能力を持っていました。なお、殺菌効果を示すのはクマゼミやベニヒメトンボなどの透明な羽に限るようです。
伊藤氏らは、この構造を人工的に再現しました。記事によれば、ケイ素樹脂の板を無数の樹脂製ビーズ(直径約200ナノメートル)でコーティングし、上から金を薄く載せます。これを特殊な液体に浸すと、ケイ素樹脂と金が接した部分だけが削られ、クマゼミの羽とほぼ同じ200ナノメートル大の円柱形の突起構造ができあがりました。この材料の表面に大腸菌を付着させると、24時間後の生存率は日本工業規格(JIS)で抗菌性が認められる1%を大きく下回ったそうです。
現在、薬剤を用いた抗菌加工製品が出回っていますが、アレルギー疾患の誘発など、人体への影響が懸念されています。表面の構造だけで抗菌できれば安全性は高く、トイレや台所用品、医療機器などに応用できます。昆虫の持つ構造が人間の役に立つ──。とてもユニークな製品開発物語ではないでしょうか。

  1. 毎日新聞HP, 2018年8月29日
    https://mainichi.jp/articles/20180829/k00/00e/040/301000c
  2. Ivanova EP, et al. Small 2012; 8: 2489-2494
  3. Ivanova EP, et al. Nat Commun 2013; 4: 2838. DOI: 10.1038/ncomms3838

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