患者の「大丈夫です」は、大丈夫ではないことが多い
「今週末、飲みに行かないか?」
「いえ、大丈夫です」
このように、「大丈夫」を「ノー」の意味で使う人が見受けられます。婉曲に断っているつもりのようですが、明らかに間違った使い方です。
「大丈夫」は、危なげがなく安心できるさま、強くてしっかりしているさまをあらわす言葉です。この言葉が生まれたのは、古代中国・周の時代(紀元前1050年頃~紀元前256年)。周の単位では1丈は約170cm(諸説あり)で、身長が1丈ほどに達した成人男性を「丈夫(じょうふ、じょうぶ)」といい、特に立派な男性のことを「大丈夫(だいじょうふ、だいじょうぶ)」と呼んでいました。日本に「大丈夫」という言葉が伝わったときは「立派な男性」の意味でしたが、転じて「間違いない」「確かである」という意味でも使われるようになったといわれています。
医療現場において、「大丈夫」という言葉はどのように使われているでしょうか。たとえば、医療従事者の「大丈夫ですか?」という問いかけに患者が「大丈夫です」と返事をすることがありますが、この「大丈夫です」は大丈夫ではないことが多いので注意が必要です。
パフォーマンス学の第一人者であるハリウッド大学院大学教授の佐藤綾子氏は、人間は様々な理由で自分の本心を隠そうとし、特に患者の場合、医療従事者に嫌われたくないという自己防衛心が働き、しかも自分のことを尊重してほしいという「自尊欲求」が生まれるため、いきなり本心を明かすことは少ない、と指摘しています1)。こうした心理が働くため、「大丈夫です」と言ってしまうわけです。
この「大丈夫です」の一言に加えて笑顔も添えられていれば、つい「大丈夫そうだな」と信じたくなりますが、これにも注意を要します。笑顔には、ポジティブな気持ちから出る「快のスマイル」と、本心を隠す「社会的(社交的)スマイル」があるからです。患者の場合、「良い患者を演じたい」という強い欲求が生じると、「社会的スマイル」を見せてしまうのです。患者の「社会的スマイル」を見抜くポイントの1つは、時間。笑顔を浮かべている時間が長ければ、「社会的スマイル」かもしれない、と佐藤氏は述べています。
いずれにしても「大丈夫ですか?」というあいまいな言葉ではなく、別な表現にしたほうがよいと思われます。たとえば、待合室の患者が眠そうにあくびばかりしていたとき、「○○さん、今日はずいぶんと眠そうですが、お疲れですか?」、あるいは「お疲れのようですが、お仕事がお忙しいですか?」と会話を切り出すとよいようです2)。つまり、患者の状態を詳しく観察し、それを踏まえた具体的な問いかけが効果的だということです。患者は「おや? 自分のことをよく見てるな」と感じ、良好な信頼関係の構築につながると考えられます。
- 佐藤綾子『医師のためのパフォーマンス学入門』日経BP社, 2011
- 大澤光司『薬剤師のためのファーマシューティカルコーチング~効果的な服薬コミュニケーションを目指して~』じほう, 2006