記憶喪失をもたらす恐ろしい貝毒も存在する
4~5月は潮干狩りのシーズンです。たくさんの新鮮な貝を様々な料理で味わうことを楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。しかし、気をつけたいのがアサリ、ムラサキガイ、ホタテガイ、アカザラガイなどの二枚貝が持つ「貝毒」。思わぬ食中毒で苦しむことがないようにしたいものです。
貝毒といっても、二枚貝自身が毒素を作り出すわけではありません。光や水温などの環境変化によって有毒の植物プランクトンが発生すると、これを食べた二枚貝が毒素を蓄積し、その毒化した貝を食した人に食中毒をもたらすというものです。麻痺性の貝毒では、食後30分程度で軽度の麻痺が始まり、それが次第に全身に広がり、最終的には呼吸麻痺によって死亡することもあります。また、下痢性の貝毒では、食後30分~4時間以内に下痢、嘔吐、腹痛などの消化器症状が起こります。
わが国での中毒例はないのですが、口内のしびれや運動失調などの障害を招く神経性の貝毒もあります。ミドリガイやマガキが毒化することが多く、アメリカやニュージーランドでときどき発生するようです。
記憶喪失をもたらす恐ろしい貝毒も存在します。ルーシー・モード・モンゴメリの小説『赤毛のアン』の舞台となったカナダ東海岸のプリンス・エドワード島周辺で、1987年に奇妙な食中毒が発生しました。ムラサキガイを食べた人たちに記憶喪失、痙攣、昏睡などの症状があらわれ、患者107人のうち3人が死亡したのです。調査の結果、植物プランクトンが作るドウモイ酸が毒素だと判明しました。
ドウモイ酸が記憶喪失を引き起こすのは、ドウモイ酸の一部にグルタミン酸の構造が含まれているからです。脳の中で記憶の形成に重要な役割を果たす海馬や偏桃体などには、グルタミン酸の受容体が高密度に分布しています。脳に侵入したドウモイ酸は、グルタミン酸の受容体に結合し、海馬などの細胞を壊死させるのです。
幸いなことに1987年以降、記憶喪失性貝毒による食中毒は起きていませんが、こうした様々な貝毒が厄介なのは、毒化した貝を外見から見極めることはできず、一般的な調理加熱では毒素は分解しないという点です。わが国では、麻痺性貝毒と下痢性貝毒について規制値が設けられており、毒化した貝は市販されることはありません。しかし、潮干狩りで採った貝などは出荷規制の対象外です。厚生労働省や自治体のホームページ等でその年の貝毒情報を調べ、安全性を確認して食べることが大切です。
参考文献
厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル」
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/poison/index.html