プレゼンテーションの目的は「相手にアクションを起こさせる」こと
学会発表、多職種カンファレンス、患者教育など、医療者はさまざまな場でプレゼンテーション能力が求められます。プレゼンテーションは、ただ単に資料を説明することではありません。自分の考えを相手が理解しやすいように、目に見える形で示し、「相手にアクションを起こさせる」ことが最終的な目的となります。
歴史上、優れたプレゼンテーションを行った医療者として、フローレンス・ナイチンゲールの名が挙げられます。彼女は1854年に勃発したクリミア戦争の際、トルコの町に設置されたイギリス軍の野戦病院に看護団を率いて赴任しました。そこで、ナイチンゲールは悲惨な状況を目の当たりにします。病院の廊下には兵士たちがひしめくように横たわり、床下の汚水溜めからは臭気が漂っています。食料はほとんどなく、生活必需品も欠乏していました。
看護団の献身的な介護にもかかわらず、野戦病院では次々と兵士たちが死んでいきました。戦争が終わってナイチンゲールがトルコを去るときには、同病院の衛生状態は改善され、死亡率もイギリスの一般病院と同等になったそうですが、野戦病院の環境の改善が必要だと強く感じた彼女は、帰国後に膨大なデータをもとに統計資料を作成しました。
その結果、野戦病院では多くの負傷兵が適切な処置を受けられず、不衛生な環境で長時間放置され、戦闘よりも病院内の感染で死んでいった兵士が多いことを突き止めます。このとき、ナイチンゲールが活用した図が、鶏のトサカに形が似ていることから「鶏頭図」と呼ばれるようなった円グラフです。数字の羅列だけでは、問題の深刻さが伝わらず、誰が見ても分かるような図で示すべきだと、ナイチンゲールは考えたのです。
その鶏頭図はクリミア戦争の死因を分析したもので、右回りに時間が示され、死因は「負傷」「予防可能な疾患(感染症など)」「その他」に分けて示されています。それぞれの面積は死亡割合に対応しており、負傷による死亡よりも、病院内の不衛生によって死亡した割合のほうがはるかに多いことが、一目瞭然です。ナイチンゲールの訴えは功を奏し、野戦病院の環境改善にとどまらず、軍全体の衛生問題に対する改革につながりました。効果的なプレゼンテーションを行った結果、見事に「アクションを起こさせた」のです。
また、ナイチンゲールの鶏頭図が分かりやすいのは、死因を3つに絞っているからだと思われます。プレゼンテーションでは「ポイントを最小限に絞る」ことが極意として指摘されますが、ナイチンゲールはこのことを感覚的に理解していたのではないでしょうか。