血圧の単位「mmHg」が、「Pa」に変わる?
古今東西、人々は様々な「単位」を生み出してきました。古代インドでは、牛の鳴き声が聞こえる距離を「クローシャ」、牛車で1日に進める距離を「ヨージャナ」という単位であらわしていました。
びっくりするような単位もあります。マヤ文明で設定された「アラウトゥン」は最も長い日にちの単位で、1アラウトゥンは何と230億4,000万日(約6,300万年)に相当します。仏教の経典で登場する「盲亀浮木(もうきふぼく)」は、目の見えない老いた海亀が100年に1度、海上に浮き上がったときに偶然、浮き木の穴に首を突っ込む確率の単位で、めったにないことの例えでもあります。また、公式に使われている分光放射輝度(波長)の単位「ワット毎ナノメートル毎平方メートル毎ステラジアン」は、おそらく最も長い名前の単位だと思われます。
古代中国の漢方では、「銭匕(せんひ)」という単位が用いられました。「匕」はさじの象形文字であり、一銭匕(いっせんぴ)は、貨幣で粉薬をすくってこぼれない程度の量で、およそ1gだということです。さらに、五銖銭(ごしゅせん)(「五」と「銖」の文字が刻まれた穴空き銅銭)の「五」の字のところだけに粉薬を乗せた量は「銭五匕(せんごひ)」という単位で、これは一銭匕の約1/5に当たります。
近年、医療・医学の世界で話題にのぼる単位として、血圧を示す「mmHg」が挙げられます。mmHgはその名の通り、水銀(Hg)の物理的性質、つまり金属でありながら液状で、なおかつ比重が大きいことを利用した、水銀血圧計による計測の単位です。圧力が加わるとタンクに入っている水銀が押し出され、目盛りのついたガラス管(水銀柱)に移動する仕組みで、そのとき何mm上昇したかを測ります。比重が小さい水を血圧計に用いると、圧力計は4m以上の高さになってしまいますが、水銀は比重が大きいので圧力計の高さを抑えることができます。
水銀血圧計の発明は画期的なものでしたが、水銀は生物に対する毒性が高いため、水銀が含まれる製品の製造や輸出入を制限する動きが世界的に強まっています。わが国では2013年に採択された国際条約「水銀に関する水俣条約」に基づき、2021年1月1日以降の水銀血圧計と水銀体温計の製造・輸出入が禁止となりました。こうした事情に加え、国際度量衡総会が1960年に採択した国際単位系(Système International d’Unités:SI)で圧力の単位を「パスカル(Pa)」と定めていることや、電子血圧計への転換が進んでいることなどから、mmHgを血圧の単位とする根拠が薄れており、「将来的にどうなるのだろう?」と疑問に思っている医療関係者もいるのではないでしょうか。
わが国では、生体内の圧力の計測に関する規定を2013年に定めており、継続的にmmHgという単位を使えるようになっています。しかし、血圧を示す単位として「Pa」が世界標準となる時代が、やがて訪れるかもしれません。
参考文献
- 米澤 敬『はかりきれない世界の単位』創元社, 2017
- 計量単位令の一部を改正する政令(平成25年9月26日 政令第287号)