感染症を引き起こす原因は“独立した唾液腺”にあり
春から秋にかけて活発に活動するマダニや蚊などの吸血生物は、ウイルスや原虫などの病原体を媒介して、ヒトに様々な感染症を引き起こします。
マダニが媒介する感染症は、近年注目されている重症熱性血小板減少症候群(SFTS)のほか、日本紅斑熱やライム病などがあります。また、日本に広く生息するヒトスジシマカ(通称:ヤブ蚊)は、デング熱、ジカ熱、チクングニア熱などの感染症を媒介します。マダニと蚊で、あるいは同じ蚊の仲間でも媒介する病原体が異なりますが、これは病原体が寄生する相手を選り好みし、マダニと蚊も吸血する相手を選り好みすることに起因しています。しかし、同じ血を吸う生物でも、ヤマビルによる感染症は報告されていません。この違いはどうして生じるのでしょうか。それぞれの体の仕組みと吸血方法を比較してみましょう。
マダニの口は、鋏角(きょうかく)と口下片(こうかへん)で構成されています。まず鋏角でヒトの皮膚を切り裂いて、皮下にBlood poolと呼ばれる血液貯留庫を作り出し、そこに口下片を差し込んで吸血します。マダニの唾液腺からヒトに送り込まれる唾液には、口を皮膚にしっかりくっつけるセメント様物質、血液が固まらないようにする止血阻害物質(抗血小板物質、抗血液凝固物質など)が含まれています。
蚊はマダニと異なり、刺して吸うタイプです。産卵するための栄養源として、メスのみが吸血します。蚊の刺針は1本のように見えますが、実は上唇(じょうしん)、大顎(おおあご)2本)、小顎(こあご)(2本)、下咽頭(かいんとう)の計6本に分かれています。通常、この6本は鞘状になった下唇(かしん)に収納されており、吸血時に1つの針にして血管内に挿入し、唾液腺につながった下咽頭から止血阻害物質を含んだ唾液をヒトに送り込みます。
ヤマビルは、体の前後端に吸盤を持ち、口は前部の吸盤の中にあります。この口は逆Y字の形をした独特なもので、鎌状の歯で宿主の皮膚を切って、染み出る血液を吸い取ります。歯の間には唾液腺が多数あり、止血阻害物質などを皮下に注入します。
このように唾液をヒトに送り込み吸血する行為は、三者共通です。ではウイルスや病原体を媒介するか否かはどこに違いがあるのでしょうか。
マダニと蚊が病原体に感染した動物やヒトを吸血すると、まず自身の消化管である中腸の細胞に感染し増殖します。感染は、他の組織に広がり、唾液腺にまで及ぶと唾液に混じってヒトに移行するのです。マダニと蚊が持つこの唾液腺は独立した器官となっているため、病原体にとっては“絶好のすみか”となっています。一方、ヤマビルの唾液腺は、未分化の状態で独立した器官になっておらず、病原体が発育・増殖できるような場所とはいえません。この唾液腺の構造の違いが、ウイルスや病原体を媒介するか否かに大きくかかわっていると考えられています。
- 辻 尚利, 日獣会誌. 2011; 64: 263-267
- 国立感染症研究所HP(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ )
- ヤマビル研究会HP(http://www.tele.co.jp/ui/leech/index.html)