病気が重くなるのは「病」、急病は「疾」、長患いは「疚」
漢字は象形文字を起源とし、アルファベットなどの表音文字とは異なり、一つひとつの文字が意味を持つという特徴があります。象形文字の多くは部首となって「意味を表す文字(意符)」の役割を担い、これに「音を表す文字(音符)」を組み合わせ、新しい意味を持つ形声文字がつくられました。
例えば、川の流れを意味する「水」という文字を「氵:さんずい」という部首に変え、これに音を表す「及:キュウ」を組み合わせ、「汲=くむ」という文字ができました。「汲」の音符である「及」に意味はありませんが、「晴」という文字の「青(晴れた空の青さ)」のように、音符に意味を持たせる場合もあります。また、画数が多く、書くのに手間のかかる音符は、もっと簡単な同じ発音の音符に置き換えられる傾向があります。
病気に関係する漢字は、たいてい「疒:やまいだれ」が付き、これはもともとはという形で、寝台()に人()が寝ているさまを表しています。「病」は、「并:ヘイ、ヒョウ」と同音の省略形「丙」を組み合わせていますが、「并」には「くわわる」という意味があり、「病」とは病気が重くなることを示しています。
一方、急に病気になった場合は「疾:シツ」、長患いは「疚:キュウ、ク」という字で示されました。「疾」は「矢」という文字が入っていることからわかるように、もともとは矢傷のことで、「すばやい」という意味もありました。その後、他の病態も広く含むようになって、急病を指す言葉になりました。「疚」の「久」は、たたり・とがめを意味する「咎:キュウ」の省略形で、当時の中国の人は、長患いをたたりによるものだと考えていたようです。後ろめたいことを「疚(やま)しい」と書くのは、たたり・とがめを受けて当然の行為をしたという意味を持たせたものと考えられます。
「癌」という文字は日本でつくられた漢字だという説もありますが、中国の北宋時代(960~1127年)に著された『衛済宝書』や南宋時代(1127~1279年)の『仁斎直指方』に「癌」という文字が見られます。音符の「嵒:ガン」は「ごつごつ突起する」という意味があり、腫瘍の硬いしこりの感じがよく表現されています。日本では江戸時代の1600年代に刊行された医書に「癌」の記載があり、「巖」や「岩」と表記することも多かったようです。
このように漢字の成り立ちを辿ると、昔の人がさまざまな現象をどのように捉えていたか、その一端を垣間見ることができます。
- 旺文社 漢和辞典(新訂版第2刷)
- 国立国会図書館レファレンス共同データベース https://crd.ndl.go.jp/reference/