診断・治療方針をAIの助言を受けて行う時代に
AI(Artificial Intelligence:人工知能)という言葉をテレビや新聞で目にすることが多くなりました。AIとは、言語の理解や推論、問題解決などの知的行動を人間に代わってコンピュータに行わせる技術のこと。その進化をまざまざと見せつけたのが、2016年3月、米グーグルの研究部門Google DeepMindの開発による囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」が、国際棋戦で何度も優勝している韓国のイ・セドル氏を4勝1敗で圧勝したときです。1997年に米IBMのスーパーコンピュータがチェス王者を下していましたが、囲碁は一手ごとに状況や形勢が変わるため、どの手を打てば有利になるか判断が難しく、AIが人間に勝てるのは10~20年先と見られていました。
それを可能にしたのが、機械学習の新しい手法である「深層学習(ディープラーニング)」です。従来のAIは人があらかじめ分析方法を決めていましたが、深層学習は生データを入力すると人間の脳の働きに近いかたちで学習を重ね、コンピュータ自らが特徴を突き止めます。「AlphaGo」のソフトウェアには囲碁のルールすら組み込まれておらず、過去の棋譜の入力と、囲碁AI同士との対局で得られた学習だけで、世界最強と称される棋士を破ったのです。
深層学習とは異なる、従来型の機械学習を利用したシステムの代表例が米IBMのAI「Watson」で、IBMはこうしたシステムを“自然言語を理解・学習し、人間の意思決定を支援するコグニティブ(認知)・コンピューティング”と呼んでいます。この「Watson」が医療領域で活用され始めています。東京大学医科学研究所は2015年7月から「Watson」をがんの精密診療に活かすための臨床研究に取り組んでおり、入院していたがん患者の診断・治療方針を「Watson」の助言を受けて変更したところ、通院で治療を受けられるまでに回復した、という成果を挙げています。また、日本IBMと大塚製薬が共同で「Watson」を活用した精神科向け電子カルテ解析システムを開発、2016年7月から販売しています。このシステムを利用すると、入院傾向や再発の予測などが可能になります。
そのほか医療領域では、専門医でも判断が難しい放射線画像からAIを用いて小さな病変を検出する「画像診断支援システム」、スマホアプリとAIを使って救急搬送中の患者の状態を素早く医療関係者で共有し、救命率の向上を目指す「救急医療支援システム」、患者の症状を入力すると鑑別疾患が列挙され、各疾患の確率を算出する「総合診療支援システム」などの開発が進められています。
AIの導入は誤診防止や診断の迅速化にもつながり、患者は少なからぬ恩恵を得ることでしょう。ただ、本格的にAIが活用されるようになると、診断や治療法をどこまでAIに委ねるか、という議論が起こることも予想されます。AIをどう制御し、使いこなすかが重要なポイントになると考えられます。