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恐るべき蚊の法則

2019年8月号
恐るべき蚊の法則の画像

ノコギリ針で静かに皮膚に侵入。高速羽ばたきで垂直飛行

蚊はいつのまにか血を吸って、かゆいと感じたときには、もう行方をくらませています。蚊の針が皮膚に刺さるときの痛みや、血を吸って体がぐんと重たくなった蚊の飛び立つときの動きを皮膚で感じられないのは、どうしてでしょうか。
蚊の刺針は上唇、大顎(2本)、小顎(2本)、下咽頭の計6本に分かれており、これらを1つの針のようにして皮膚に刺し込みます。この針の挿入に気づけない要因の1つは、下咽頭によって皮膚内に送り込まれる唾液に、発痛・炎症性物質を抑える成分が含まれているからです1)
また、針の刺し方も独特です。中でも重要なのが、血を吸い上げる上唇と、それを挟んでいる2本の小顎です。小顎はノコギリの歯のようにギザギザになっており、これを交互に繰り返し刺し込んで皮膚を切り裂き、上唇の通り道をつくります。小顎の動きに合わせて上唇も刺しては引いてを繰り返し、少しずつ皮膚の中に潜り込み、血管にたどりつきます2)。小顎はギザギザの先しか皮膚に触れないので、抵抗が小さくなり、人がその痛みを感じることは難しくなります。
しかも、蚊の刺針は垂直運動だけではなく、往復回転運動(ねじり)もしており、このねじりも痛みの軽減に寄与していると考えられています3)。つまり、独特なつくりの針で少しずつねじりながら抵抗を減らして刺し込み、さらに麻酔もかけるため、人は針が刺さっていることに気づかないのです。
こうした蚊の吸血システムの解明をもとに、蚊の針のつくりや動きをまねた無痛針の開発が進められています。実際に、糖尿病の診療では、ギザギザの構造と樹脂製により痛みが軽減される仕組みの注射針が既に使用されています。
一方、血を吸って飛び立つときも、蚊は独特の能力を発揮します。蚊(イエカ)が1秒間に羽ばたきする回数は、700回前後4)と、ミツバチやショウジョウバエの約200回5)に比べて格段に多いことが知られており、この高速な羽ばたき運動が「ブーン」という蚊の特殊な音をもたらしています。蚊とミバエの飛び立ち方を比較した研究によると、ミバエは羽ばたきと同時に肢で強く蹴り出し、斜め上方向に飛び立ちますが、蚊は高速かつ巧妙に翅を動かして大きな空気の力を生み出し、ヘリコプターのようにほぼ垂直にフワッと飛び立つことができます6)
肢の蹴り出しがあれば、人の皮膚感覚で察知することが可能です。しかし、蚊は他の昆虫では見られないような特殊な飛行能力を備えているため、人はその飛び立ちを捉えることができないのです。
このような驚くべき能力を持つ“難敵”から身を避ける新たな方法はないものでしょうか。実は、皮膚にとまっている蚊を見つけたとき、もし叩き損ねたとしても、その振動は蚊に伝わり、その振動の発生源である人の匂いを蚊は学習して近寄らなくなることが、最新の研究で明らかになっています7)。皮膚に蚊がとまっているのを発見したら、失敗を気にせず、とりあえず叩いてみるとよいかもしれませんね。

  1. Isawa H, et al.: JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY 2002; 277: 27651-27658
  2. Izumi H, et al.: Sensors and Actuators 2011; 165-1; 115-123
  3. 関西大学先端科学技術推進機構: 技苑 2017年度プロジェクト研究報告概要集, 3次 元ナノ・マイクロ構造の創成とバイオミメティクス・医療への応用(研究代表者:青柳誠司)
  4. Bomphrey RJ , et al.: Nature. 2017; 544: 92-95
  5. Altshuler DL, et al.: PNAS 2005; 102: 18213-18218
  6. Muijres F T, et al.: Journal of Experimental Biology 2017; 220: 3751-3762
  7. Vinauger C, et al.: Current Biology 2018; 28: 333-344

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