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視覚障害の法則

2019年11月号
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視覚が障害されると、聴覚が鋭くなるワケとは

久坂部羊氏の小説『院長選挙』1)に、大学病院の眼科教授と耳鼻科教授が、それぞれの科の優位性を言い合う場面が出てきます。
眼科教授「人間の得る情報の80パーセントは視覚によるものなんだ。それだけ目は重要だということだ。ちなみに、聴覚の情報量は7パーセントしかない」
耳鼻科教授「私は聴覚のほうが重要だと思いますよ」「目に障害がある音楽家なら、宮城道雄や辻井伸行など枚挙にいとまがありません」
目と耳はどちらも重要な感覚器官です。しかし、ほとんどの哺乳類で聴覚や嗅覚が優位であるのに対し、ヒトを含む真猿類は視覚優位の動物です。視覚の発達は、三次元的な樹林の中で枝から枝へと敏捷に移動できるという驚異的な利点を真猿類にもたらした、と理論社会学者のジョナサン・H・ターナー博士は指摘しています2)
視覚が失われると、仕事や生活に大きな影響が生じますが、脳にも変化が起こり、他の感覚が研ぎ澄まされるようです。視覚障害者では、後頭葉の視覚野において、視覚情報の処理能力が低下しているものの、運動、聴覚、言語に関わる領域で処理能力が向上し、しかも“非視覚的”な情報を視覚野で処理できるようになることが示されています3)。つまり、音の位置や距離の測定に、健常者は側頭葉の聴覚野のみを用いるのに対し、視覚障害者は視覚野と聴覚野の両方を用いることができるのです。ある感覚が失われると、他の感覚が研ぎ澄まされるのは、こうした状況に応じて変化できる能力(可塑性)を脳が持っているからだといえます。このため、健常者でも目隠しをするトレーニングによって、聴覚の機能が向上することが実験で明らかになっています4)。驚くべきことに、視覚障害者の中には、舌打ちでクリック音を発し、周囲からの反響によって外界を知覚する、コウモリのような能力「エコーロケーション(反響定位)」を持つ人が存在します5)。このエコーロケーションをヒントに、「音で見る」ことを可能にするデバイス「Sight」を東京大学大学院情報理工学系研究科の和家尚希氏らが開発しています6)。特殊なカメラから入力した映像を音に変換して聴くことができる装置で、モノの種類・位置、空間の広がりを音に変え、識別することが可能です。このデバイスの精度が向上すれば、視覚障害者にとって大きな福音になると思われます。

  1. 久坂部羊: 院長選挙, 幻冬舎文庫
  2. ジョナサン・H・ターナー, 平岡寛司(訳): 感情の社会学I 感情の起源 自律と連帯の 緊張関係, 明石書店
  3. Bauer CM, et al.: PLoS One. 2017; 12: e0173064. doi: 10.1371/journal. pone.0173064.
  4. Landry SP, et al.: J Exp Psychol Hum Percept Perform 2013; 39: 1503- 1507
  5. Thaler L, et al.: PLoS Comput Biol 2017; 13: e1005670. doi: 10.1371/ journal.pcbi.1005670.
  6. Sightホームページ http://thesight.jp/#top

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