抗がん剤の注射薬について、単回使用のバイアルを複数回使用する
「薬剤バイアル最適化(Drug Vial Optimization:DVO)」の導入に取り組む病院が増えています。
薬剤費の高額化に歯止めをかけようという趣旨ですが
あわせて医療従事者への危険薬剤の曝露対策にもつながるメリットがあります
抗がん剤の残薬を複数患者に調製 医療費削減効果に期待
単回使用バイアルに入っている抗がん剤は、1人の患者に対して1回使用すると、薬が残っていても細菌による汚染防止策から残薬を廃棄するのが一般的ですが、これを2人目以降の患者にも複数回使用するというのが、「薬剤バイアル最適化」(DVO)です。
DVOのメリットとしてもっとも期待されるのは、薬剤の廃棄量減少に伴う医療費の削減効果です。2015年度の国民医療費は42兆3、644億円と年々増加傾向にあり、国家財政を圧迫しています。*1
抗がん剤の市場はオプジーボに代表される高額な新規抗がん剤の上市が相次ぎ、2015年には約1兆円の市場となりました。*2慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授の岩本隆氏が抗がん剤へのDVO導入による経済効果を試算したところ、年間約410億円の医療費が削減可能という結果でした。*3関節リウマチやウイルス性肝炎の注射薬などのバイオ医薬品も増えており、DVOを抗がん剤以外にも適用すれば、さらに大きな医療費削減効果が見込めると考えられます。これに基づき、岩本氏は、閉鎖式接続器具を用いたDVOの導入と、それに診療報酬上のインセンティブを付けるよう提言しています。
医療従事者を守る 曝露対策の推進
閉鎖式接続器具を用いたDVOの導入は、危険薬剤の曝露対策にもつながります。閉鎖式接続器具とは、調製や投与時の薬剤の漏出や飛散、針刺しを防止するための器具です。
抗がん剤は、適切に患者に投与すれば高い効果がありますが、一方で、発がん性等を有する化学物質が含有されている場合があり、曝露によって発がん性、催奇形性、臓器障害などが生じるリスクがあります。このように、人体に健康被害を起こす危険薬剤はハザードドラッグ(Hazardous Drug:HD)と呼ばれ、薬剤師などの医療従事者は準備や投与時にHDへの職業性曝露を起こす可能性があります。特に、抗がん剤などを取り扱う(調製、投与、廃棄など)際は、意図せず、気化した薬剤の吸入曝露や針刺しあるいは漏出した薬剤への接触による経皮曝露を起こしかねません。健康障害を起こさないよう、曝露防止対策を行う必要があります。
2014年5月、厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課は、「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止策について」という通知を出しました。*4この通知の中で、閉鎖式接続器具の活用を含め、安全キャビネットの設置や保護衣・保護キャップなどのガウンテクニックの徹底といった5項目の留意事項を示し、医療現場で取組みが促進されることを求めています。
無菌製剤に報酬加算 二重請求には歯止め
DVO導入の最大の課題は、複数回使用する場合の薬剤の安全性の確保です。DVOで使用が推奨される閉鎖式接続器具は、薬剤への曝露リスクを低減すると同時に、薬剤の変質や細菌の混入防止にも有効と考えられています。
2016年度診療報酬改定では、抗がん剤を注射する患者に対し算定できる「無菌製剤処理料1」の対象が拡大され、閉鎖式接続器具を使用した場合には180点/日が算定できるようになりました。改定前は、150点/日の算定で、さらに揮発性の高いイホスファミド、シクロホスファミド、ベンダムスチン塩酸塩の3製剤に限定されていました。無菌製剤処理料の対象薬剤の拡大と保険点数の変更により、閉鎖式接続器具のコスト負担が減少することにはなりましたが、その全コストを賄えるわけではないため、何らかの対策が求められています。
なお、バイアル製剤の保険請求は、「使用量単位」が原則とされますが、残薬の扱いは明確ではありませんでした。一般に、開封されたバイアル製剤は使用済みとみなされ、実際は残薬が廃棄されていても、1回のみ使用されるバイアル単位で請求されていました。
ところが、DVOの導入により、実際には2人で1バイアルしか使っていないのに、それぞれの患者に1バイアルずつ合計2バイアル分を請求するといったことも行われるようになりました。
厚生労働省は2017年7月、1つのバイアルに残った薬で2人目の患者に調製した場合、使用量に応じて請求し、2バイアル分は請求できないとする見解を通知し、過剰請求の一定の歯止め策としています。
自主導入が増えるが 求められる基準整備
国立がん研究センター中央病院では2016年、シクロホスファミドについてDVOを導入したことで、3カ月間で廃棄率が0・5%減少したと発表しています。また、鹿児島大学病院、弘前大学病院などもDVO導入による医療費削減効果を報告し、医療現場に徐々に広がっているようです。
しかし、各病院の自主的な検討に任され、残薬の適切な保存方法や保存期間について統一基準はありません。すでにDVOを導入している米国にはガイドラインがあり、それに基づいて残薬を他の患者に使用することが認められています。また、微生物検査の実施、残薬調製に関するビデオ学習や閉鎖式接続器具を用いた実習の実施など安全性確保に力を入れています。
日本でDVOを推進するには、何よりもまず、体制の整備が必要です。複数回使用による無菌性の担保や曝露リスクの低減効果、さらには閉鎖式接続器具のコストについても、薬剤師が率先してエビデンスづくりに貢献することも求められるでしょう。
- 厚生労働省;国民医療費(平成27年度)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/15/dl/kekka.pdf - 日本経済新聞;10月12日付記事
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP460165_S7A011C1000000/ - 岩本隆;医療費抑制の具体策―Drug Vial Optimization:DVO)
http://www.jlea.jp/2016zy_zr/ZR16-10.pdf - 厚生労働省通知;「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止策について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000495981.pdf