Check Point
臨床病理組織学的分類から分子生物学的分類にシフトしている 予後に基づく国際的な病期分類が確立しているのは皮膚のメラノーマだけ。
他3疾患は海外ではnon-melanoma skin cancer 転移がなければ治療は手術が第一選択。
早期発見・診断できれば完治する可能性もある BRAF遺伝子変異があればBRAF阻害剤+MEK阻害剤、
変異の有無にかかわらず免疫チェックポイント阻害剤を選択 免疫関連副作用の出始めは見過ごされがちであり、
積極的な問診と注意深い傾聴が重要
Part.1 早期発見、早期診断で生存率が向上 治療の基本は手術、選択肢が増えた薬物治療
皮膚悪性腫瘍の多彩な特徴
皮膚は表面に近いところから表皮、真皮、皮下組織と3つの層に大きく分かれ、そこには血管、神経、毛包、脂腺、汗腺などが存在している。皮膚を構成するこれらの細胞に似たがん細胞が無秩序に増殖するのが皮膚悪性腫瘍である。
悪性黒色腫(メラノーマ)
メラノーマはメラニン色素を産生する色素細胞(メラノサイト、図1)ががん化した腫瘍で、臨床病理組織学的に4つのタイプに分けられる。
図1 表皮の構造と細胞
編集部作成
【末端黒子型黒色腫】日本人に最も多いタイプで、足の裏や掌、手足の爪部(爪下部)などに発生しやすく、日本人では皮膚のメラノーマ全体の約40%を占める
【表在拡大型黒色腫】白人や、日本人でも肌の色が白い人に多く発生する。胸・腹・背中などの体幹や手足の体に近い部位に発生しやすい
【結節型黒色腫】がん細胞が塊(結節)状に大きくなっていくタイプで、周囲の黒子様の平たい病変は乏しく、特定の発生部位はない
【悪性黒子型黒色腫】不規則な形の色素斑が徐々に拡大していくタイプで、高齢者の顔面に発生しやすい
メラノーマは、皮膚のほかに鼻腔や口腔、食道、直腸・肛門、結膜、外陰・膣などの粘膜や、眼のぶどう膜など、色素細胞が存在する場所であれば全身どこにでも発生しうる。最近では分子生物学的な視点から、メラノーマは主にCSD(chronic sun-damage:慢性的な紫外線曝露)黒色腫、non-CSD黒色腫、末端性黒色腫、粘膜黒色腫、眼内(ぶどう膜)黒色腫─の5つのタイプに分けられることが増えてきた(表1)。
原発部位 | 名称 | 概要 |
---|---|---|
皮膚 | CSD(melanoma arising from chronically sun-damaged skin) | 顔面など慢性的に日光に曝露される部位に発生する。 |
non-CSD(melanoma arising from non-chronically sun-damaged skin) | 体幹など慢性的には日光に曝露されない部位に発生する。 | |
末端性黒色腫(acral melanoma) | 日本でもっとも多い病型。主に足底(足のうら)、手掌(手のひら)、手足の爪部に発生するが、足底にもっとも多い。褐色~黒褐色の色素斑が出現し、しだいに拡大し色むらが目立つようになる。一部に腫瘤や潰瘍ができることもある。 | |
粘膜 | 粘膜性黒色腫(mucosal melanoma) | 鼻腔、副鼻腔、口腔、消化管、膣などの日光曝露に関係しない部位に発生する。白人に比べて有色人種は頻度が高いとされる。 |
眼 | 眼内(ぶどう膜)黒色腫(uveal melanoma) | ぶどう膜(虹彩、毛様体、および脈絡膜)を原発とするまれな黒色腫。脈絡膜 原発が最も多い。 |
編集部作成
有棘細胞がん
皮膚から突出する紅色調の腫瘤。表面にびらんや潰瘍を伴うことがある。
表皮内がんの日光角化症は、有棘細胞がんの前がん病変といわれることもあり、自然経過のなかで有棘細胞がんに発展することがある。慢性的な日光(紫外線)の曝露が原因と考えられている。中年以降に頭頸部や頭、顔、手の甲、前腕などに表面が乾燥したような、また、淡紅色から褐色調の皮疹ができることが多い。高齢になるほど発生頻度は高くなる。日光角化症の皮疹は平坦だが、有棘細胞がんになると病変部は盛り上がってくる。有棘細胞がんは日光角化症以外にも熱傷瘢痕などから生じることもある。
基底細胞がん
黒子に似た、青黒い、光沢のある結節が特徴で、進行すると中心部が潰瘍を伴って、周囲の組織を破壊するようになる。基底細胞がんはほぼ9割が頭頸部に生じることから、紫外線の関与が考えられる。
欧米では基底細胞がんと有棘細胞がんはまとめて非メラノーマ皮膚悪性腫瘍(non-melanoma skin cancer)に含まれ、日本では全皮膚悪性腫瘍の半数以上を占めるともいわれている。
乳房外パジェット病
外陰部の皮膚に生じることが多い腺がんの一種で、汗を産生する器官(アポクリン腺)由来のがん細胞が増えてできたものとされる。外陰部以外でも、臍、腋窩、肛門の周囲などに生じることもある。一方、乳頭や乳輪などにできる乳房パジェット病は乳がんの特殊な型であり、乳房外パジェット病とは異なる疾患である。
他疾患との鑑別の重要性
皮膚悪性腫瘍の発生頻度は人種によって差があり、白人では高く、黒人では低い。日本人を含む黄色人種はその中間といわれる。
日本では高齢化を背景に皮膚悪性腫瘍が増加傾向にあるという。がん統計情報の2016年罹患数予測で国内の皮膚悪性腫瘍患者数は26,000人と発表されている。日本皮膚科学会によると、日本でのメラノーマの発生数は人口10万人あたりおよそ1.5~2人、年間1,500~2,000人程度と推測されている。メラノーマ以外の3疾患については、基底細胞がんはメラノーマの約2.5倍、有棘細胞がんは約1.6倍で、基底細胞がんと有棘細胞がんで皮膚悪性腫瘍全体の50%以上を占める。乳房外パジェット病の占める割合は10%程度だが、海外からの報告が少なく、日本人をはじめとする黄色人種は白人に比べて発生数が多い可能性がある。
皮膚悪性腫瘍全体の5年相対生存率(2006年~2008年)は男性92.2%、女性92.5%であり、予後は比較的良いことがうかがえる。
メラノーマの病期は、Ⅰ期(原発巣のみでがんの厚みが1mm以下か2mm以下で潰瘍なし)、Ⅱ期(1mmを超え潰瘍があるか2mmを超える)、Ⅲ期(リンパ節転移がある)、Ⅳ期(別の臓器に転移)に分類され、病期分類に則して治療法が選択される(図2)。一方、頭頸部を除く皮膚の有棘細胞がん、基底細胞がん、乳房外パジェット病については国際分類では「non-melanoma skin cancer(非メラノーマ皮膚悪性腫瘍)」としてまとめられているが、国立がん研究センター 中央病院 皮膚腫瘍科の並川健二郎氏は「各々の皮膚悪性腫瘍の特性が反映された分類ではなく、実用的とはいえない」としている。
図2 メラノーマの治療アルゴリズム
がん研究センター がん情報サービス「悪性黒色腫」を参考に作成
皮膚悪性腫瘍は早期に小さな状態で発見され、かつリンパ節転移がなければ完治する可能性はあるが、早期発見が容易ではない場合もあり、他疾患との鑑別が重要となる。
初期のメラノーマは良性の色素性母斑(黒子)との区別がつきにくいが、直径が6mm以上になったり、形状が左右で非対称だったり、いびつだったり、また色に濃淡がある場合はメラノーマを疑う必要がある(表2)。脂漏性角化症(老人性のいぼ)もメラノーマと鑑別すべき疾患の1つである。また、有棘細胞がんは肉芽腫(毛細血管拡張性肉芽腫)との鑑別が必要である。日光角化症の初期症状はシミ、湿疹などと見分けがつきにくい。
A | Asymmetry | 形が左右非対称性である |
B | Border of irregularities | 辺縁がギザギザして不整である。 色のにじみ出しがある |
C | Color variegation | 色調が均一でない。 色むらがある |
D | Diameter greater than 6mm | 径が6mm以上である |
E | Enlargement or evolution of color change, shape, or symptoms | 大きさの拡大、色や形、症状の変化 |
がん研究センター がん情報サービス「悪性黒色腫」を参考に作成
乳房外パジェット病は股部白癬(インキンタムシ)や陰部湿疹などとの鑑別が難しく、皮膚生検で乳房外パジェット病と判明する例が少なくない。「股部白癬や陰部湿疹を治療していても治りにくい場合は乳房外パジェット病の可能性がある」と並川氏は注意を促している。
皮膚に隣接する臓器のがんが上皮内を移行して表皮に到達して表皮内がんの所見を呈することがあり、これを続発性乳房外パジェット病という。原発性と続発性の臨床病理組織像はよく似ているが、治療法や予後が異なるため、「科学的根拠に基づく皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン第2版」(日本皮膚科学会ほか、以下ガイドライン)は両者を鑑別するために膀胱鏡や大腸内視鏡などによる精査を勧めている。
皮膚悪性腫瘍の検査で使われるダーモスコピーは、拡大鏡の一種(図3)。乱反射を抑えて皮膚表面だけでなく、ある程度深部まで詳しく観察できる。色素性病変の描出に優れ、基底細胞がんの術前診断や、メラノーマと色素性母斑などとの鑑別で効果を発揮する。ガイドラインはメラノーマ、基底細胞がんの診断にダーモスコピーの使用を強く推奨している。並川氏も「ダーモスコピー検査の普及により、一部の皮膚悪性腫瘍の早期発見・早期治療が進んだことは間違いなく、生存率向上にも寄与している可能性がある」とその有用性を認めている。
図3 ダーモスコピーと皮膚腫瘍の臨床像
提供 並川健二郎氏
分子標的薬の登場で変わる診療
皮膚悪性腫瘍の治療は手術が第一選択である。メラノーマの手術では初発部位の広範切除、センチネルリンパ節生検、リンパ節転移があれば所属リンパ節郭清を行う。センチネルリンパ節は、がん細胞がリンパ管に侵入してたどり着く最初のリンパ節で、がん細胞がリンパ節に転移する場合、高い確率ではじめにセンチネルリンパ節に転移を起こすことがわかっている。手術では、所属リンパ節の腫脹が見られなくても転移の可能性がある場合はセンチネルリンパ節生検、病理検査を行う。転移が確認された場合はリンパ節郭清を加える。メラノーマは再発・転移しやすく、皮膚、リンパ節、肺、肝臓、脳、骨などが転移先となる。
有棘細胞がんに対しては手術が原則だが、放射線療法でも比較的高い治療効果が期待できる。日光角化症では、塗り薬のイミキモドが登場して少なくとも半数以上の患者で病変の消失が見られるようになった。ガイドラインでは手術が難しい多発性病変などの治療にイミキモドの使用を推奨しているが、単発性病変であっても初期治療としてイミキモドを用いてよい。
基底細胞がんは手術のみで根治が可能であり、ほとんど転移することはない。
乳房外パジェット病は完治を目指して手術を行うが、リンパ節転移の有無で予後が分かれるため、リンパ節の評価も考慮しながら検査や手術を進めることになる。
いずれも進行例では化学療法を主体とした治療が行われ、手術や放射線などの局所治療を組み合わせることもある。
わが国では、2014年7月に世界に先駆けて抗PD-1抗体のニボルマブが根治切除不能なメラノーマに対して承認を取得し、その後同年12月にBRAF阻害剤のベムラフェニブ、2015年7月に抗CTLA-4抗体のイピリムマブ、2016年3月にBRAF阻害剤のダブラフェニブとMEK阻害剤のトラメチニブ、2016年9月に抗PD-1抗体のペムブロリズマブが認可を受けた。メラノーマの薬物治療では1970年代からダカルバジンが長年使われてきたが、免疫療法および分子標的薬の登場でメラノーマの治療は大きな転換期を迎えた。
現在、日本でメラノーマの治療薬として承認されている分子標的薬は6種類(表3)。並川氏は「根治切除不能なメラノーマに対する治療戦略として、BRAF遺伝子変異がある場合はBRAF阻害剤とMEK阻害剤の併用または免疫チェックポイント阻害剤の抗PD-1抗体が第一選択、BRAF遺伝子変異がない場合は抗PD-1抗体が第一選択、抗CTLA-4抗体が第二選択という位置づけになる」と説明している。
標的分子 | 一般名 | 主な副作用 | 製品名 | 剤形 |
PD-1 | ニボルマブ | 間質性肺疾患、肝障害、甲状腺機能障害、リンパ球減少症、好中球減少症、徐脈、便秘、口内乾燥、疲労、高K血症、低K血症、糖尿病、味覚異常、白斑、瘙痒症 など | オプジーボ(小野) | 点滴 |
ペムブロリズマブ |
間質性肺疾患、大腸炎、重度の下痢、肝機能障害、甲状腺機能障害、 infusion reaction、下痢、悪心、疲労、瘙痒症、発疹、貧血、 眼乾燥、嘔吐、便秘、口内乾燥、腹痛、口内炎、無力症、発熱、悪寒、 末梢性浮腫、インフルエンザ様疾患、倦怠感 など |
キイトルーダ(MSD) | 点滴 | |
CTLA-4 | イピリムマブ | 大腸炎、消化管穿孔、重度の下痢、肝障害、下垂体炎、下垂体機能低下症、甲状腺機能低下症、副腎機能不全、腎障害、infusion reactionなど | ヤーボイ(ブリストル) | 点滴 |
BRAF | ベムラフェニブ | 有棘細胞がん、過敏症、皮膚粘膜眼症候群、多形紅斑、紅皮症、QT間隔延長、肝障害など | ゼルボラフ(中外) | 錠剤 |
ダブラフェニブメシル 酸塩 |
【トラメチニブとの併用時】有棘細胞がん、悪性腫瘍、心障害、肝機 能障害、深部静脈血栓症、脳血管障害、頭痛、高血圧、悪心、下痢、 嘔吐、発疹 など |
タフィンラー(ノバルティス) | カプセル | |
MEK | トラメチニブ ジメチルスルホキシド 付加物 |
【ダブラフェニブとの併用時】心障害、肝機能障害、間質性肺疾患、横紋筋融解症、深部静脈血栓症、脳血管障害、頭痛、高血圧、悪心、下痢、嘔吐 など | メキニスト(ノバルティス) | 錠剤 |
太字は頻度が高い。下線は重大な副作用。
添付文書を参考に編集部作成
抗PD-1抗体の日本人での奏効率は30%程度だが、中には年単位で効果が持続する例も報告されている。効果がみられない残り7割程度の患者には抗CTLA-4抗体を使うことになるが、その段階で用いた場合の奏効率は10%程度といわれる。
メラノーマのⅢ期では術後に4~5割が再発することが知られている。そのため、再発や転移を予防する目的でインターフェロン(インターフェロンβやペグインターフェロン)を使った術後補助療法が行われることがある。
抗PD-1抗体の副作用で比較的多いのは瘙痒や倦怠感、甲状腺機能障害で、ほかに間質性肺疾患、下痢・大腸炎、肝障害などもみられる。抗CTLA-4抗体の副作用としては下痢・大腸炎、下垂体炎が抗PD-1抗体より多く見られる。並川氏は「免疫チェックポイント阻害剤の副作用は、初めは倦怠や疲労など、日常的な体調不良として見過ごされがちであり、積極的に問診し、患者の声に注意深く耳を傾けることが重要です」と強調する。
一方、BRAF阻害剤では単独療法で問題となる薬剤耐性を克服するために、トラメチニブとの併用療法が行われる。ダブラフェニブとトラメチニブの併用療法では発熱、悪心、下痢、悪寒、疲労、頭痛、嘔吐、関節痛、発疹、高血圧などの副作用が見られる。
厚生労働省「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会」で報告された「年間の罹患率(発生率)が人口10万人当たり6例未満のがん」および「数が少ないが故に診療・受療上不利な状況にあると考えられるがん種」の定義に従えば、皮膚悪性腫瘍は希少がんである。並川氏は「医療はいまEBMが大きな拠り所になっています。そのため、患者数の少ない皮膚悪性腫瘍は患者数の多い疾患に比べればエビデンス集積の点では不利ですが、海外では希少がんに該当しないメラノーマについては新しい治療薬が相次いで登場し、現在日本でもガイドラインの改訂が進められています。希少がんのエビデンス集積は重要な課題の一つであり、今後の皮膚悪性腫瘍診療の発展を期待しています」と話している。