
1分間に60~80回、一定の調子で拍動し続ける心臓。それが乱れる状態が不整脈で、英語のarrhythmiaは心臓のリズム異常を意味しています。不整脈は、日常生活に支障がなく治療の必要がないものから、心不全や脳塞栓など合併症の原因になるもの、突然死の引き金になるものまで、症状も生命予後に与える影響もさまざまです。心臓の病気があると不整脈が起こりやすくなりますが、病気がなくても寝不足やアルコールの多飲など不規則な生活習慣が原因で不整脈が生じることがあります。不整脈の病態や、治療の動向などについて、昭和大学病院副院長の小林洋一氏に解説していただきました。
心臓の自動能と刺激伝導系
心臓は厚さ数ミリから、場所によって10ミリほどの筋肉でできたこぶし大の袋で、1日に約10万回収縮と拡張を繰り返しています。心筋は他の臓器の筋肉と違って自動的に収縮を繰り返すしくみを持っています。心臓の活動は電気刺激によって引き起こされます。心臓には、一定のリズムを保つ電気的興奮の発生源があり、その刺激が正しく心臓を巡ることでリズミカルな収縮と弛緩を生み出しています。右心房上部、上大静脈が右心房に流入するあたりにある洞房結節(洞結節)がそのペースメーカーの役割を担っています。洞結節で発生した電気的興奮は刺激伝導系を通じて心房(上室)から心室に伝わり、心筋が収縮と弛緩を繰り返します。刺激伝導系は、洞結節(→左右の心房筋)⇒房室結節⇒ヒス束⇒左脚・右脚⇒プルキンエ線維(→左右の心室筋)として構成され、電気刺激が規則正しく伝えられます(図1)。
図1 心臓のしくみと刺激伝導系

右心房と左心房の間にはバッハマン束という心筋線維の束があって、洞結節で発生した電気的興奮はバッハマン束を通じて左心房にすばやく伝達され心房が収縮を起こします。
心房が収縮している間、心室は心房からの血液を受け取るために拡張していなければなりません。そのためには心室に電気刺激が伝わる時間差が必要であり、その役割を果たすのが房室結節です。洞結節で発生した電気的興奮は心房を収縮させ、房室結節に進みます。心房-心室間の刺激伝導系は房室結節⇒ヒス束を通過するルートが唯一の伝導路です。房室結節は、心房の電気刺激を集め、タメをつくってからヒス束が心室に伝導します。心房と心室のつなぎ役の房室結節とヒス束は房室接合部とも呼ばれています。房室結節は病理学者の田原淳(すなお)氏が発見したことから、かつて田原結節と呼ばれていました。
刺激伝導系はヒス束から心室に入ると、右脚と左脚に分かれます。さらに右脚は右心室心尖部で枝分かれし、左脚は左脚前枝、左脚後枝に分岐して、その先はプルキンエ線維が心室全体に広がっていきます。
電気的興奮の回数(心拍数)は洞結節より下位になるほど少なくなります。たとえば洞結節が約80回/分とすると、房室結節約60回/分、ヒス束約40回/分、プルキンエ線維約20~30回/分です。仮に洞結節の自動能にトラブルが起きて電気的興奮の回数が少なくなっても、下位の自動能がバックアップする補充調律という機能が心臓には備わっているため、心拍数が少なくなっても簡単に心臓が止まることはありません。
活動電位とイオンチャネル
洞結節の電気的興奮が正しく伝わるには刺激を受けた心筋細胞も興奮する必要があり、心筋細胞の細胞膜には興奮を繰り返すために活動電位のシステムが整っています。
活動電位はナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)、カルシウムイオン(Ca++)が細胞膜の小さな孔(イオンチャネル)を出たり入ったりすることで発生します。
心筋細胞が静止状態のとき細胞内は細胞外に比べてマイナスになっています。細胞内にはK+が多く、細胞外にはNa+、Ca++が多い状態で、細胞の内と外のイオン濃度差(電位差)は−90mVという分極の状態でバランスがとれています。細胞が興奮し電気刺激を発生するには、イオンが移動して細胞内がプラスの状態(脱分極)になる必要があります。心室細胞では、電気刺激によって閾値に達すると、Na+チャネルが開いてNa+が細胞内に入り電位が急激に上昇します[0相]。Na+チャネルはすぐ閉じて電位が少し下がります[1相]。それと同時にCa++チャネルが開いてCa++が細胞内に入り活動電位を保ちます[2相]。Ca++の流入が終わると細胞内からK+が細胞外に出て電位は下降します[3相](図2)。
図2 心室細胞の活動電位

提供 小林洋一氏
心臓の動きは、洞結節の細胞が分極状態から脱分極して始まります。洞結節は自発的に脱分極(活動電位)と再分極(静止電位)のサイクルを繰り返します。洞結節の規則正しい脱分極が電気刺激となって、心房全体を次々に脱分極させていきます。そして電気的興奮の広がりは筋肉を収縮させて心房内の血液を心室に送り出します。
電気的活動を表す心電図
心電図は心臓の電気的活動を波形としてとらえたもので、心房の興奮を表すP波、心室の興奮を表すQRS波、心室の再分極を表すT波、U波で構成されます。4つの波は心臓の収縮と拡張(心拍)の1回分を示し、正常な心電図では規則正しく、一定の間隔で繰り返されます。P波がスタートして次のスタートまでを結んだ基線より上向きに現れる波を陽性波、下向きに現れる波を陰性波といいます(図1)。
P波の始まりの1/3は右心房の興奮を、続く1/3は右心房と左心房の興奮を、終わりの1/3は左心房の興奮を表しています。右心房に負荷がかかるとP波の始まりの1/3に、左心房に負荷がかかるとP波の終わりの1/3に変化が現れ、不整脈としてP波の形が変わることがあります。QRS波は、心房から送られてきた電気刺激で心室(ヒス束⇒右脚・左脚)が興奮したときに生じる波形です。T波はQRS波の後に続くなだらかな山で、心室が興奮から醒めていく過程を表しています。また、T波の後にモニターでは確認できないほど小さなU波が現れることがあります。U波は再分極の終わりやプルキンエ線維の興奮で生じるといわれますが、明らかではありません。
Q波の終わりからT波の開始までのQT時間は、心室が興奮を開始してから興奮が終わるまでの時間で、QT時間の延長は心室細動が起こりやすいため注意が必要です。また、QRS波の終わりからT波が始まるまでのST部分は、正常であれば基線と一致しますが、電気的に不安定だと基線から上下にずれが生じます。心筋梗塞の特徴的な所見として重要なポイントになります。
不整脈の原因
洞結節の電気的興奮が刺激伝導系を正しく伝わらなかったり、電気的興奮が洞結節以外の場所から発生したりすると、収縮と弛緩のリズムに乱れが生じ、不整脈となって現れます。不整脈は心臓に負荷がかかると発生しますが、心臓に負荷がかかる要因には心疾患、心臓以外の疾患、加齢、ストレスなどがあります。
不整脈の原因となる疾患で最も多いのは狭心症や心筋梗塞をはじめとする冠動脈疾患です。虚血性心疾患のなかでは急性心筋梗塞と冠攣縮性狭心症が命に関わる危険な不整脈と関係していることが知られています。冠動脈疾患に次いで多いのが心筋症で、ほかに心筋炎、弁膜症、先天性心奇形なども不整脈の原因となります。日常の診療では原因となるような疾患や病態が見られない、特発性の不整脈も多く見られます。
自律神経の影響
気分がリラックスしているときや眠っているときは脈がゆっくりで、緊張したり運動したりすると脈が速くなるのは自律神経(交感神経、副交感神経)が調節を行っているからです。交感神経は血圧や体温を上げて、心臓の収縮力を強め心拍数を増やします。これに対して、副交感神経(迷走神経)は血圧や体温を下げて、心臓の収縮力を弱め心拍数を減らします。交感神経も副交感神経も心臓全体に分布していますが、とくに洞結節と房室結節では神経末端が多く見られます。交感神経末端からはアドレナリン、副交感神経末端からはアセチルコリンが放出され、興奮と抑制の相反する作用でバランスがとられています。
刺激伝導系への自律神経の作用を詳しくみると、交感神経は洞結節の刺激発生頻度を上げて心拍数を増やすのに対して、副交感神経は洞結節の刺激発生頻度を下げて心拍数を減らす働きをしています。このアドレナリンの作用をブロックするのがβ遮断薬で、