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特集

乳がんのサブタイプ別治療戦略

2017年5月号
乳がんのサブタイプ別治療戦略の画像

 乳がんの薬物療法は、がん細胞の性質によって5つのサブタイプに分類され、そのサブタイプごとに異なる治療法が選択されます。術前や術後に行われる薬物療法は、サブタイプにより治療効果や予後が異なることもわかってきました。今特集では、乳がんのサブタイプとは何か、サブタイプごとの治療戦略、今後の課題など、乳がんの「薬物療法の今」を、聖路加国際病院乳腺外科医長の林直輝氏に解説していただきます。

がん細胞の性質で分類 乳がんのサブタイプとは?

乳がんの薬物療法は、2008年ごろまでは、腫瘍の大きさが2cm以上ある場合やリンパ節転移があれば手術に抗がん剤治療を追加するという治療方針でした。近年はがん細胞の性質によって分類する「サブタイプ」が、治療方針や予後を判断する際に重要になっています。2009年に、ザンクトガレン国際乳がん学会で、乳がんをホルモン受容体やHER2(ヒト上皮細胞増殖因子受容体2型)の発現状態で分ける「サブタイプ分類」が提唱されたことがきっかけです。サブタイプは、本来、遺伝子発現で分類しますが、ホルモン受容体の有無、HER2タンパクの有無、がん細胞の増殖能をあらわすKi-67の発現状況によって、「ルミナルA型」「ルミナルB型(HER2陰性)」「ルミナルB型(HER2陽性)」「HER2型」「トリプルネガティブ(ホルモン受容体陰性、HER2陰性)」の5つのタイプに分類され臨床で用いられます(表1)。

表1 乳がんのサブタイプ分類
サブタイプ分類 ホルモン受容体 HER2 Ki-67値
ER PR
ルミナルA型 陽性 陽性 陰性
ルミナルB型(HER2陰性) 陽性または陰性 弱陽性または陰性 陰性
ルミナルB型(HER2陽性) 陽性 陽性または陰性 陽性 低~高
HER2型 陰性 陰性 陽性 -
トリプルネガティブ 陰性 陰性 陰性 -

国立がん研究センター がん情報サービスをもとに作成

ホルモン受容体

乳がんは「ホルモン受容体」があるものとないものに分けられます。女性ホルモン受容体がある乳がんでは、女性ホルモンががんの増殖に関係していると考えられています。ホルモン受容体はおもにがん細胞の核にあらわれ、その数が多いと陽性になります。ホルモン受容体には「エストロゲン受容体(ER)」と「プロゲステロン受容体(PR)」があります。ERのみで陽性・陰性を判断することが増えています。

HER2タンパク

がん細胞の表面に発現するタンパク質の一種で、HER2タンパクが多いとがんの増殖を促すと考えられています。HER2タンパクが多いほど手術後の再発リスクが高くなるとされ、以前は悪性度の高いタイプといわれていましたが、HER2の働きを阻害する分子標的薬のトラスツズマブが開発されて予後がよくなりました。

Ki-67

がん細胞の増殖能を見るもので、数値が高いと増殖するスピードが速いと考えられ、抗がん剤による治療が必要とされます。予後マーカーになるといわれていますが、予後マーカーとして確立しているのはホルモン受容体陽性に対してだけです。HER2陽性やトリプルネガティブに対しては、治療効果を予測するマーカーとして不完全です。また、評価の再現性にも問題があります。乳がんの場合、がん細胞が不均等性であることが特徴で、病理でどこを切り取って、どのくらいの範囲を調べたら正しい値になるかまだ確立されていません。実際、他院で調べた数値と当院で調べた数値が大きく違うことはよくあります。
また、ルミナルA型とHER2陰性のルミナルB型の区別としてKi-67染色率14%という値になっていますが、20%といわれることもあり、まだ基準値がはっきりしないことも問題です。最近は、より正確なマーカーであるオンコタイプDX検査(切除したがん細胞の遺伝子のタイプを調べる検査)やマンマプリント(乳がんの性質を遺伝子レベルで観察する検査)などが開発されていますが、日本ではまだ保険適用になっておらず、費用が約40万円と高額なところが難点です。

サブタイプ分類は、もともと乳がん細胞の遺伝子の発現状況によってつくられたものです。しかし、遺伝子レベルで評価することは実際できないことから、免疫染色という方法で代用しています。がんの組織を染色し、染まった部分の広がりや数を数えるなどして陰性や陽性を判定します。たとえばルミナルA型と診断されても、その精度は8割〜8割5分程度と考えてください。ルミナルA型といっても、ルミナルB型が混じっている可能性がありますし、その逆も考えられます。

サブタイプ別の術前薬物療法の意義

原発性乳がんに対する薬物療法として、術前薬物療法と術後薬物療法が行われています。術後薬物療法は以前から再発予防を目的に施行されてきましたが、NSABPという大きな臨床試験のB-18および27試験の結果から、術前薬物療法と術後薬物療法は予後に対してどちらも同じ改善効果が得られることが明らかになり、術前薬物療法も標準治療の1つになりました。乳がんの薬物治療には、化学療法薬(従来の殺細胞性抗がん剤)、分子標的薬、ホルモン療法薬が用いられますが、術前薬物療法は化学療法(と分子標的薬)が中心です。
術前化学療法を行うメリットとして、1つ目は腫瘍を小さくしてあげること。大体6〜7割の人は腫瘍が縮小します。2つ目は、腫瘍が小さくなることで乳房温存手術の適応が増えること。乳房を全摘しないで済むのは患者さんにとって大きなメリットです。3つ目は、治療効果の確認ができること。術後薬物療法ではがん細胞を切除した後に化学療法を行うので、本当に効いているかどうかわかりません。術前化学療法はがんがある状態で薬剤を使うので、治療効果が確認できます。さらに、腫瘍が小さくなるだけでなく、がん細胞が全部消えてしまう病理学的完全消失(pathologic complete response:pCR)を得られる人が全体の2割〜2割5分います。サブタイプによってはpCRが得られたというのは非常によい予後マーカーになります。そういう意味でも、術前化学療法のメリットは大きいのです。
しかしながら近年、サブタイプによって治療効果や予後が異なることが明らかになり、術前薬物療法の意義や役割もサブタイプごとに大きく変わってくることがわかってきました。サブタイプ別薬物療法の選択は表2のようになっています。サブタイプ別の治療戦略と術前化学療法の意義を紹介しましょう。

表2 サブタイプ分類による薬物療法選択
サブタイプ分類 選択される薬物療法
ルミナルA型 ホルモン療法、
(化学療法)
ルミナルB型(HER2陰性) ホルモン療法、
化学療法
ルミナルB型(HER2陽性) ホルモン療法、
分子標的薬治療、
化学療法
HER2型 分子標的薬治療、
化学療法
トリプルネガティブ 化学療法

国立がん研究センター がん情報サービスをもとに作成

ルミナルA型の治療戦略 抗がん剤をオミットする方向へ

ルミナルA型は、ホルモン受容体陽性、HER2陰性で、Ki-67の数値が低いタイプです。日本人の乳がんの約6割がこのタイプで、予後も一番よいとされます。ホルモン剤が効きやすく、化学療法の効果は低いと考えられています。
ただし、最近の大規模臨床試験によると、ホルモン受容体陽性のがんではpCRは予後とあまり相関しないのではないかといわれています。もともとホルモン受容体陽性のタイプは他のタイプに比べると予後がよいこともあり、差が開きにくいという理由もあります。また、普通は腫瘍が小さくなれば乳房温存手術に持っていけますが、ホルモン受容体陽性のがんの場合、がん細胞のボリュームは減りますが、樹枝状にパラパラと残る可能性が高く、その場合は切除する範囲はあまり変わらないことになります。ただ、過去のデータを見るとホルモン受容体陽性でも約4割の人は部分切除に移行できています。
現在、ルミナルA型に対する薬物療法は、化学療法をオミットする方向に進んでいます。このタイプには化学療法が不要だった人がかなり混じっていることがわかってきたからです。医師が化学療法をしたほうがよいと判断した患者さんに対してオンコタイプDX検査をすると、化学療法は不要という結果が3割ぐらいの人に出ます。したがって、ルミナルA型ではまず手術をして、化学療法を術後にやるかどうかオンコタイプDX検査をして判断するという考え方もあります。
ホルモン療法については、術前にするのはまだ標準的治療ではなく、術後の化学療法終了後に行います。閉経前の人は抗エストロゲン剤のタモキシフェンを5〜10年使用します。閉経後ならアロマターゼ阻害剤を使います。術後、化学療法治療をした閉経前の方には、エストロゲンの分泌を抑える(人工閉経にする)LH-RHアゴニスト製剤を5年間併用します。途中で閉経が確認されたような女性では、5年間タモキシフェンを使うよりも、2〜3年タモキシフェンを使用してからアロマターゼ阻害剤に切り替えて5年間使用したほうが少し効果的であることがわかっています(図)。

図 ホルモン療法薬の作用

図 ホルモン療法薬の作用の画像

ホルモン受容体陽性の人は、10年以上経ってから再発する「晩期再発」も問題です。どういう人が晩期再発するのかまだわかっていませんが、そうしたリスクや副作用も考えて、薬を選択することが必要です。

ルミナルB型の治療戦略

ルミナルB型はホルモン受容体陽性で、HER2発現が陽性のタイプとHER2陰性で、核グレードやKi-67の数値が高いタイプのものが含まれます。HER2陰性のルミナルB型に、全員化学療法が必要というわけではありません。ホルモン療法単独で良いものと、ホルモン療法と化学療法の両方が有効であるものが含まれます(表2)。
化学療法を行うのであれば、術前に行っても術後に行っても効果は同じですが、行う必要があるかどうかを迷うのがルミナルB型といってよいでしょう。リンパ節転移が多くある、しこりが大きくて部分切除を希望するということであれば化学療法が必要なので術前薬物療法でよいのですが、迷う場合は手術を先にして、オンコタイプDX検査などの結果を見て治療方針を相談することになります。このタイプも、術前薬物療法でpCRは予後と相関しないとはいわれていますが、pCRが得られていなくても、他のサブタイプと比較して予後は良好であることがわかっています。ルミナルB型のHER2陽性のタイプについては、後述します。

HER2型の治療戦略 分子標的薬の併用で奏効率が向上

日本では、HER2陽性のがんは乳がん全体の15〜20%を占めます。このタイプは、従来の化学療法薬(アントラサイクリン系、タキサン系)に、HER2タンパクに結合することでその働きを妨げるトラスツズマブを併用することで治療奏効率が格段に上がりました。術前薬物療法でも有効です。トラスツズマブがまだ使えなかった10年ほど前までは、HER2陽性の乳がんは増殖スピードが速く、予後が不良と考えられていました。現在はHER2陽性だとむしろ高い治療効果が期待できます。実際、術前化学療法をすると4〜6割ぐらいでpCRが得られます。かなりの確率で乳房の部分切除に移行できますし、pCRが得られると予後がかなりよいこともわかっています。
トラスツズマブは抗がん剤とセットで用いられます。術前化学療法は通常、サブタイプにかかわらず、アントラサイクリン系(エピルビシン、アドリアマイシンなど)や、タキサン系(パクリタキセルやドセタキセル)による多剤併用療法が一般的ですが、トラスツズマブと併用するときはタキサン系の抗がん剤を使用します。トラスツズマブとアントラサイクリン系抗がん剤はどちらも心毒性があり、 基本的に併用していません。パクリタキセルなら週1回の点滴を12サイクル、ドセタキセルなら3週間に1回の点滴を4サイクルで、初回から同時にトラスツズマブも3週ごとに点滴静注します。トラスツズマブは1年間の投与がもっとも効果があるというデータが出ており、術後9カ月間投与します。2年続けても治療効果は変わらないうえ、むしろ副作用が少し強く出てくる可能性があるので、1年間の投与が一番よいとされます。
現在は新しいHER2標的薬剤も2剤使われています。1つはラパチニブです。HER分子には、HER2の他にもHER1、HER3、HER4があり、HER2は他の分子の影響も受け、がん細胞を増殖させます。ラパチニブはHER2とHER1の働きを阻害する経口薬です。もう1つはペルツズマブで、HER2がHER3とともに働くのを阻害します。これらはまだ保険適用はなく、基本的に術前薬物療法には使えません。しかし、これまでの臨床試験ではトラスツズマブ単独よりも、トラスツズマブ+ペルツズマブの併用群のほうがpCR率は有意に優れていたとの報告があり、併用することでかなりの上乗せ効果が期待できます。ただし、費用の問題もあり、今後はどんなときに高額の薬剤を使うかという見極めが大事になってきます。

ER陰性、陽性で分けて考える

HER2陽性タイプでも、ER陰性HER2陽性タイプとER陽性HER2陽性タイプ(ルミナルB型のHER2陽性)の2つに分けられ、ERの陽性陰性で治療が変わります。ER陰性であれば化学療法と分子標的薬の併用ですが、ER陽性であれば、化学療法と分子標的薬治療に加えて、内分泌治療が有効とされます。ERの発現により、化学療法と分子標的薬治療の治療効果も異なり、ER陽性であるとpCRを得る率は低くなりますが、内分泌治療まで行うことで、予後は他のサブタイプよりかなり改善されています。

トリプルネガティブの治療戦略 抗がん剤治療がメイン

2つのホルモン受容体とHER2が陰性を示すので、トリプルネガティブと呼ばれます。乳がん全体の10〜15%を占めるといわれます。受容体特異的な治療(ホルモン療法、分子標的薬)が確立されていないため、化学療法が主体となります。トリプルネガティブというと、最悪なタイプと捉える患者さんが多いのですが、ホルモン受容体陽性の乳がんと比較して、化学療法による治療効果が高いことが報告されています。術前化学療法を行うと約3割はpCRを得られ、pCRが得られると予後がよいことも明らかになっています。
その一方で、術前化学療法を行うと逆に進行して腫瘍が大きくなってしまうタイプが1割弱の患者さんでいらっしゃいます。こうしたタイプでは他の化学療法薬にも抵抗性を示すことが多く報告され、予後もあまりよくありません。化学療法開始前にこうした予後が悪いタイプかどうか見分ける方法はまだなく、少しでも腫瘍が大きくなってきたら即座に化学療法を中止して手術に踏み切ります。一口にトリプルネガティブといっても、予後のよいものや悪いものなど多種多様なタイプが含まれているのです。最近はトリプルネガティブの中でのサブタイプの研究が進み、そのサブタイプごとに有効な治療を探そうという研究が盛んに行われています。
トリプルネガティブの術前化学療法では、アントラサイクリン系抗がん剤とタキサン系薬剤の順次投与が標準治療となっています。よく用いられるレジメンは、「FEC療法(フルオロウラシル+エピルビシン+シクロホスファミド)」、「AC療法(アドリアマイシン+シクロホスファミド)」、「EC療法(エピルビシン+シクロホスファミド)」に続けてタキサン系(パクリタキセルやドセタキセル)による多剤併用療法が一般的です(表3)。

表3 術前、術後に行われるおもな抗がん剤治療と使用される薬剤、サイクルなど
● FEC(またはCEF)
F:フルオロウラシル
E:エピルビシン
C:シクロホスファミド
3週ごと4〜6サイクル
3薬とも1日目に点滴
● CAF(またはFAC)
C:シクロホスファミド
A:アドリアマイシン
F:フルオロウラシル
3週ごと6サイクル
3薬とも1日目に点滴
HER2陽性の患者さんに限り
● TCH
T:ドセタキセル
C:カルボプラチン
H:トラスツズマブ
TとCは3週ごと6サイクルで終了
Hは初回から同時に3週ごとの点滴静注でトラスツズマブを投与、計1年間
● AC
A:アドリアマイシン
C:シクロホスファミド
3週ごと4サイクル
2薬とも1日目に点滴
● EC
E:エピルビシン
C:シクロホスファミド
3週ごと4サイクル
2薬とも1日目に点滴
● TC
T:ドセタキセル
C:シクロホスファミド
3週ごと4サイクル
2薬とも1日目に点滴
● ドセタキセル 3週ごと4サイクル
1日目に点滴
※A(アドリアマイシン)やE(エピルビシン)を含む治療の後に追加で行われることが多い。
例:AC3週ごと4サイクル→ドセタキセル3週ごと4サイクル
● 毎週パクリタキセル 毎週12サイクル
1日目に点滴
※単独でも行われるが、A(アドリアマイシン)やE(エピルビシン)を含む治療の後に追加で行われることも多い。

※アドリアマイシン(A)はドキソルビシンともいいます。

FEC療法の流れ例(聖路加国際病院の場合)

実際の治療では、3種類の抗がん剤に吐き気止めも加え、順番に点滴していきます。投与時間はおよそ2時間かかります。

生理食塩水(血管を確保)
矢印の画像
吐き気止め投与(15〜30分)
矢印の画像
エピルビシン投与(5〜7分)
矢印の画像
シクロホスファミド投与(約60分)
矢印の画像
フルオロウラシル投与(約30分)
矢印の画像
生理食塩水
(点滴管の中の抗がん剤を流す)
矢印の画像

これを3週間ごとに4〜6サイクルくり返します。家で内服するための吐き気止めや発熱した場合の予防的な抗菌剤も処方されるので、指示通りに服用します。

山内英子(聖路加国際病院ブレストセンター)著 よくわかる最新医学 乳がん,主婦の友社をもとに作成

現在、白金製剤や抗VEGFヒト化モノクローナル抗体(ベバシズマブ)、PARP(DNA修復を担う酵素)阻害剤などの新規薬剤の臨床試験が多数行われています。トリプルネガティブでは、現行のレジメンで治療効果が認められない予後不良症例を適切に同定し、新たな治療戦略を開発していくことが今後の課題です。

治療の選択肢が複雑に 個々の事情によって選ぶ

乳がんの薬物治療では、その人のがんの性質に合わせた薬剤の選択ができるようになりつつありますが、その分、治療の選択肢が複雑になっています。たとえば、術前化学療法のメリットを十分に得ることができるHER2型やトリプルネガティブでも、手術の方法や患者さんの希望や状況などを考慮し術後薬物療法を選択することがあります。
昨今は乳房の全摘時に再建をする人が増えています。再建は行う時期によって、一次再建と二次再建に分けられます。乳がんの手術と同時に行うのが一次再建で、手術後期間を空けてから行うのが二次再建です。一次再建では、8カ月〜1年後にシリコンなどを挿入する手術が必要になります。その待っている間に化学療法をするという選択もあります。
また、最近は若い女性の乳がんが増えているので、妊孕(にんよう)性を考えて受精卵や卵子を凍結保存し、治療終了後に妊娠にトライすることを考慮する必要があります。その場合も、手術を先にすることで化学療法を少し先延ばしし、採卵等に取り組む時間をつくることもできます。もちろん、がんを抱えているのは不安だから先に手術してほしいという患者さんもいます。術前薬物療法を選ぶか、術後薬物療法を選ぶかは患者さんとよく相談して決めることが重要になってきます。
若い患者さんでは、家族歴や乳がんの悪性度などで遺伝カウンセリングが必要になることもあります。遺伝性が疑われる場合は、反対側の乳房のがんや卵巣がんのリスクが高くなりますから、フォローアップの仕方が違ってきます。手術の形式も、たとえ部分切除が可能でも部分切除だと再発することもあり、全摘したほうがよいケースもあります。部分切除は自分の乳房を温存できるというメリットがありますが、そうしたメリットだけでなく、変形や追加切除の可能性、局所再発のリスク等、デメリットも知ったうえで術式を選ぶことが重要です。最近は、乳がんの遺伝子検査を受ける人も増えています。ご自身のことだけでなく、姉妹やお子さんにも関わってくるので、遺伝性が疑われる場合は検査を受けることを勧める場合もあります。遺伝子検査では、がんの発症に関与していると考えられるBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子に病的な変異があるかどうか調べます。BRCA1はトリプルネガティブに、BRCA2はホルモン受容体陽性に変異が多いといわれます。遺伝子検査が陽性の人には、リスクを低減するために異常がない乳房や卵巣などを切除する「予防的切除」もありますが、日本ではほとんど行われていません。
現在、責任研究者として、画像だけでなく、手術中にマンモトーム生検(吸引組織診)をすることでがん細胞が完全消失したかどうかを臨床試験で調べています。今は術前化学療法でpCRを得られても、手術をしてがんが消失したことを確認する必要があります。しかし、本当にpCRが得られたことが正確にわかるようになれば、手術をしないで済むようになり、それこそが術前薬物療法をする最大のメリットになります。
現在も数多くの乳がん治療薬が開発中です。どんな人に本当に使わないといけないのか、あるいは使わなくてよい人はどういう人なのか。新薬は高額なことが多く、コストと効果と副作用のバランスを見極めることも今後の大きな課題です。
当院では、治療方針を決めて、化学療法を始める前の患者さんへの薬剤の説明も薬剤師さんに必ず入ってもらいます。また、薬物治療中も、「抗がん剤を1サイクルやって、こんな副作用が出たので、2サイクル目はこんな対策を練りましょう」などと、投薬に関する意見をもらっています。薬剤師さんにも専門知識を活用して積極的に治療に介入していただき医師にアドバイスしてくれることが理想です。

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