生薬は漢方薬の構成成分として用いられますが、生薬の原料となる薬用植物がサプリメントや健康食品などにも配合され、一般市民にも身近なものになっています。しかしながら、いざ生薬とは?と尋ねられたときに、正確に答えられる人は少ないのではないでしょうか。今特集では、意外と知られていない生薬の定義や品質管理、漢方薬や西洋薬との違いなどについて、名古屋市立大学大学院薬学研究科生薬学分野教授の牧野利明氏に解説していただきます。
生薬の定義、薬用植物との違い
普段、何気なく使っている「生薬」という言葉ですが、実はきちんとした定義があります。日本で使用されている医薬品の品質や規格を定めている厚生労働省監修『日本薬局方』(最新版は2016年出版の第17改正)では、生薬のことを「動植物の薬用とする部分、細胞内容物、分泌物、抽出物または鉱物など」と定義しています。この定義だけではイメージしにくいので、実際には「天然から得られる薬用植物、動物や鉱物などの薬用とする部分を、乾燥などの簡単な加工を施してそのまま医薬品として使用するもの」くらいに表現するのが適切でしょう。
医薬品なので、健康食品や薬用植物という言葉とははっきり区別されています。生薬という場合は、おもに薬用植物を原料として『日本薬局方』の規格に基づくように加工された医薬品のことです。一方、薬用植物という場合は、医薬品として使う以外にも、化粧品や染料、農薬などいろいろな用途が含まれます。薬用植物は人の生活に対して何らかの有用な役割を果たす植物であり、それを流通させたり、そのまま使ったりする分には自己責任となります。商品として発売するときにも国はとくに関知しません。
さらに生薬と食品でも、品質確保のレベルに差があります。たとえば、ショウガという植物の根茎は、生姜(ショウキョウ)という名前の生薬(医薬品)として使用され、漢方薬の原料にもなっていますが、同じものが食用としても使われます。生薬としてショウガを使用するためには、『日本薬局方』で規定された正しい植物の正しい部位のものを用いなければなりません。すなわち、ショウガ科ショウガZingiber officinale Rosc.という植物の根茎で、特異なにおいがあって、味は極めて辛くて、6-gingerolという化合物を含有することを薄層クロマトグラフィーで確認できて、重金属などの異物が規定量以下であることを示す、などの品質が保証されていなければなりません。ショウガを食品として使用する場合は、これほど細かく規定されないのはいうまでもありません。
我が国における天然素材の用途は、図1のようになります。生薬は、漢方薬の原料だけでなく、民間薬や伝承薬などの医薬品にも使われます。また天然素材については、食品と医薬品の境界も決められており、それぞれの植物について、これは医薬品でなければだめ、人参のようなものは効能効果をうたわなければ食品でもよいなどのように一覧表になっています。最も新しいのは2015年4月1日に通知された「専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト」という厚生労働省医薬食品局通知、いわゆる「食薬区分」(表1)です。このリストには234種の植物由来素材と26種の動物由来素材が「専ら医薬品」として収載されています。その数は、『日本薬局方』に収載されている生薬の種類よりも多くなります。
図1 我が国における天然素材の用途
名称 | 他名など | 薬用部位など | 備考 |
アラビアチャノキ | 葉 | ||
アルニカ | 根皮・全草 | ||
オウゴン | コガネバナ/ コガネヤナギ |
根 | 茎・葉は「非医」 |
カッコン | クズ | 根 | 種子・葉・花・クズ澱粉は「非医」 |
サイシン | ウスバサイシン/ ケイリンサイシン |
全草 | (2007年4月まで茎・葉は「非医」) |
- 専ら医薬品として使用実態のあるもの
- 毒性、毒劇物を含むもの(自然毒を除く)
- 麻薬、向精神薬、幻覚作用のあるもの
- 処方箋医薬品
生薬に規格が必要な理由
生薬に対して品質や規格が厳格に定められている大きな理由の1つとして、医薬品というのは一般の人たちが内容を理解しがたいものだからです。植物の根や茎、葉っぱだけを見てその植物名を答えられる人はほとんどいません。それに加えて、医薬品は食品と違って効能効果をうたうことができます。そこに付加価値があるので、値段も高く売ることができます。値段が高く売れるということは、粗悪品や偽物が流通しやすくなることにもつながります。