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慢性疼痛のメカニズムを理解する

2022年10月号
慢性疼痛のメカニズムを理解するの画像

慢性疼痛を抱える人は日本の成人人口の22.5%と推計されています。慢性的な痛みに悩む患者さん、鎮痛薬を長期処方されている患者さんに対し、薬剤師として何ができるのでしょうか。慢性疼痛のメカニズムと薬物療法、認知行動療法について、福島県立医科大学附属病院整形外科の二階堂琢也氏に解説いただきました。

痛みの伝達と抑制のメカニズム

まず、痛みの伝達についておさらいしましょう。痛みの刺激は末梢(侵害受容器)で電気信号に変換され、感覚神経線維を伝わり脊髄後角に入力されます。その後脊髄上行路を経て脳へ投射されることで、脳で痛みが認識されます。これが通常の痛みのフローで「上行性疼痛伝達系」です。
対して、生体では痛みをできるだけ弱めるための抑制機構も働いています。この抑制機構は、脳から脊髄に向けて働くシステムで「下行性疼痛抑制系」と呼ばれます。
下行性疼痛抑制系は、中脳の腹側被蓋野に痛みの信号が伝わるとドパミンニューロンからドパミンが放出されることで活性化します。ドパミンの刺激を受けて内因性オピオイドが放出され、オピオイド受容体を介した神経伝達により、セロトニンやノルアドレナリンが放出され脊髄後角に抑制の信号が送られます。
つまり、脊髄後角では、脳へ投射される上行性の痛み信号に対して、脳から送られた下行性の信号が作用して、脳へ伝達される痛みが抑制されます(図)。

図 上行性疼痛伝達系と下行性疼痛抑制系

上行性疼痛伝達系と下行性疼痛抑制系の画像

二階堂氏の話をもとに作成

慢性疼痛とは

典型的な慢性疼痛は、部位は問わず、3ヶ月以上あるいは通常の治癒期間を超えて持続する痛み、とされています。通常、痛みは、メカニズムの違いで「侵害受容性疼痛」、「神経障害性疼痛」、「痛覚変調性疼痛」の3つに分類されます(表1)。ただし、慢性疼痛のような長期化した痛みの多くは、これら3つが複雑に絡んだ病態を呈していることが少なくありません。

表1 メカニズム別の3種類の痛み
侵害受容性
疼痛
  • 末梢組織でプロスタグランジンやブラジキニンなどの炎症性の神経伝達物質が放出され、末梢の侵害受容器に痛みの信号が伝わることで発生する疼痛
  • 切り傷、熱傷、骨折などの外傷、手術などによる組織の損傷で起こる急性痛は、ほとんどが侵害受容性疼痛
神経障害性
疼痛
  • 末梢神経、脊髄・脳の中枢神経の様々な部位に損傷が加わり、疼痛伝達・抑制機構に関わる神経線維の働きに異常を来たすことによる疼痛
  • 電気が走るような痛みなどと表現されるような鋭い痛みで、じっとしていても痛み、通常は痛まない軽微な刺激で痛みを感じる
痛覚変調性
疼痛
  • 明確な器質的な異常がないにも関わらず発生する疼痛
  • 様々な心理社会的要因が大きく関与している

二階堂氏の話をもとに作成

痛みが長期に持続する理由
受容機能の異常、下行性疼痛抑制系の減弱

原因となる器質的な問題を取り除いても疼痛が続くのには、痛みの受容機能の異常が関与しています。その大きな原因が神経の可塑性です。神経の可塑性とは、繰り返しの刺激により過敏になった神経機能が、刺激がなくなっても元に戻らなくなることをいい、それにより痛覚の過敏状態が続いてしまうのです。
また、慢性疼痛では、ネガティブな心理状態による下行性疼痛抑制系の減弱が指摘されています。
下行性疼痛抑制系には心理状態が大きく影響します。というのも、下行性疼痛抑制系のシグナルの脳内ドパミン放出量は、心理状態により大きく左右されるのです。例えば、仕事がうまくいく、恋愛しているなど、期待感や興奮が大きい状態にある場合、下行性疼痛抑制系が強化され結果として痛みを感じにくくなります。アスリートが試合中には痛みを感じず試合が終わってから痛みだす、といったケースもこれに該当します。
逆に、心理的な落ち込みや不安、社会的な問題など、直接痛みに関係ないことでもネガティブな情動があると、下行性疼痛抑制系がうまく働かなくなります。脳内ドパミン放出量が減少している状況といえます。

慢性疼痛と抑うつの関連

こうしたことからも、慢性疼痛の患者さんでは、痛み以外に抑うつ症状を呈している患者さんが多いといわれています。
特に、もともと抑うつがあるところに疼痛が加わり慢性化する場合、痛みに対し早期の治療介入だけでは症状改善が難しいケースが多くなります。疼痛の前に、抑うつ状態の時点で既に、ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリンの働きが弱い可能性があり、抑うつがない人より下行性疼痛抑制系の働きを受けにくくなっていると考えられます。
一方で、痛みが原因で抑うつ症状が発生する場合は、痛みに対して早期に治療介入し奏功すれば、抑うつ症状も改善することが多いです。

破局的思考による負のスパイラル

慢性疼痛を考える上では破局的思考が大きく関与していることも重要です。破局的思考とは、「痛みがもっとひどくなる」、「この痛みのせいで⼈⽣おしまいだ」、「痛みはどうにもできない」というように、痛みの経験をネガティブに捉える思考で、痛みに対する過大な恐怖感や拡大解釈、反芻、無力感が含まれます。
この破局的思考は、過度な安静をとるなどの不動や、不動による筋力低下や心肺機能の低下、うつ状態、褥瘡など(廃用)の徴候が出現し、それがまた痛みを増加させるという悪循環につながります。破局的思考はもともと抑うつがある人で強く生じることがありますが、破局的思考と抑うつの関連は明確ではなく、抑うつ症状がなくても痛みの捉え方の特徴として破局的思考を示す患者さんはいます。

主観的な感覚ゆえに様々な角度から評価を

診断では、正確な病態把握のための詳細な問診と検査を行い、身体機能や運動パフォーマンス、身体活動量を測定して評価するとともに、痛みという主観的な感覚を様々な角度から評価するために複数の評価指標を用います(表2)。

表2 慢性疼痛の評価指標
痛みの強さ VAS(visual analogue scale)、NRS(numerical rating scale)など
痛みの性質 マギル疼痛質問票(MPQ)、簡易版マギル疼痛質問票(SF-MPQ)、神経障害性疼痛スクリーニング質問票など
ADL/QOLの
評価
痛みが生活にどのくらいの支障を来たしているか(全般的な尺度と疾患に特異的な尺度)
心理面/認知面
の評価
破局的思考の有無を評価するPCSや慢性疼痛に対する心理社会的な影響。BS-POP(後述)

二階堂氏の話をもとに作成

薬剤は痛みの原因から選択 部位によっても効きが異なる

先述のとおり、慢性疼痛は、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛の3つが複雑に絡んだ病態を呈していますが、薬剤は侵害受容性疼痛に効果のあるものと脊髄・脳に作用するもの(おもに神経障害性疼痛に効果があると考えられる)に分けられます。
侵害受容性疼痛に対しては、NSAIDsやアセトアミノフェンを使用し消炎鎮痛を試みます。薬物療法以外の治療も合わせて一定期間経過しても症状の改善が得られない場合には、少し強めの治療としてトラマドールなどの弱オピオイドを使う場合もあります。
一方で、神経障害性疼痛に対してはNSAIDsなどの消炎鎮痛剤の効果は乏しく、Ca2+チャネルα2δリガンドや抗てんかん薬、SNRI、三環系抗うつ薬などが第一選択となります。
Ca2+チャネルα2δリガンドや抗てんかん薬は、中枢神経系のCa2+チャネルやNaチャネルを介した働きを阻害して興奮性神経伝達物質の放出を抑制することで、過敏状態にある上行性の疼痛伝達を抑制します。
これに対し、SNRIなどの抗うつ薬は、抗うつ作用を介して痛みを軽減させるのではなく、下行性疼痛抑制系を賦活化することにより痛みを改善させます。また、SNRIについては痛覚変調性疼痛が主体の慢性腰痛や侵害受容性疼痛の代表である変形性関節症も適用となっていますので、幅広く慢性疼痛の治療に用いられています(表3)。

表3 慢性疼痛に用いられる主な薬剤
  種類 成分(一般名) 評価(慢性疼痛診療ガイドラインや二階堂氏の話より)
侵害受容性疼痛に効果のある薬剤 非ステロイド性
抗炎症薬
(NSAIDs)
アスピリン、ロキソプロフェン、ジクロフェナク、インドメタシン、セレコキシブ、メロキシカムなど 慢性腰痛と変形性膝関節症に対して痛みと身体機能を改善するが、慢性腰痛では効果が小さい。線維筋痛症には改善効果がない。漫然とした長期投与は避ける
アセトアミノフェン アセトアミノフェン 腰痛と変形性関節症による痛みに対するエビデンスは乏しく、有用性は明確ではない。緊張型頭痛と片頭痛に対しては有用。高用量投与による肝機能障害に注意が必要
オピオイド鎮痛薬 コデインリン酸塩、モルヒネ硫酸塩水和物、モルヒネ塩酸塩、オキシコドン塩酸塩水和物、フェンタニル、トラマドールなど オピオイド鎮痛薬は、腰痛、変形性関節症に対し短期間であれば、痛みと身体機能を改善させる。長期の有用性を示すエビデンスはなく、依存や乱用、死亡リスクがある
ラマドールは腰痛、変形性膝関節症の痛みや身体機能を有意に改善させる。線維筋痛症に対しては十分なエビデンスはない
脊髄・脳に作用する薬剤 Ca2+チャネルα2δリガンド プレガバリン、ミロガバリン、ガバペンチンなど 帯状疱疹後神経痛と有痛性糖尿病性神経障害に対して有用。プレガバリンは線維筋痛症に対して有用。眠気、めまい、ふらつき、浮腫、体重増加などの副作用から、高齢患者や腎機能障害患者には用量調節が必要
抗てんかん薬 カルバマゼピン、バルプロ酸など 神経障害性疼痛(片頭痛、三叉神経痛、有痛性糖尿病性神経障害)として用いられることがある
抗うつ薬 三環系
抗うつ薬
イミプラミン、アミトリプチリンなど 神経障害性疼痛と線維筋痛症の疼痛軽減に有用。腰痛に対する改善効果はない
SSRI、
SNRI
パロキセチン、ミルナシプラン、デュロキセチンなど デュロキセチンは有痛性糖尿病性神経障害、線維筋痛症、変形性関節症、腰痛症の痛みや身体機能を改善し患者満足度も高い
その他 ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液 腰痛症、頸肩腕症候群、帯状疱疹後神経痛に対して有用な可能性がある。安全性が高い

適応外も含む

二階堂氏の話、慢性疼痛診療ガイドラインをもとに作成

積極的に体を動かす重要性 認知行動療法で行動変容を

痛覚変調性疼痛に対しては下行性疼痛抑制系の賦活化を期待して、SSRIやSNRIなどの抗うつ薬を使用することもありますが、基本的には薬剤よりも心理的なアプローチや運動療法が中心となります。
認知行動療法など、痛みに対する捉え方を変えるようなアプローチが有効とされています。心理士が行う本格的な認知行動療法だけでなく、医師の診察時の会話の中で、患者さんの痛みに対する偏った考え方を少しずつ変容させるアプローチも大切な認知療法の一つです。
慢性疼痛の治療で最も重要な点のひとつは、痛みがあるからと過度に安静にするのではなくむしろ積極的に体を動かしてもらうことです。疼痛改善に運動が最も重要であることを理解してもらい、自発的に動けるようにサポートすることが薬物療法の目的のひとつといえます。そして、痛みに対する患者さんの認知を変え、自分に合った動き方を知ってもらうというアプローチをしていきます。
その他にもインターベンショナルな治療として神経ブロックや脊髄刺激療法が行うこともありますが、これも痛みを軽減し動けるようにするというのが目的です。

精神科とのリエゾン診療 慢性疼痛に潜む疾病利得

心理社会的な影響で治療に難渋する患者さんに対しては、複数の診療科による集学的治療が有効とされています。これが実践できる施設はまだ限られていますが、「痛みセンター」などの名称で、集学的治療を行う施設が全国的に徐々に増えてきています。
福島県立医科大学の整形外科では、標準的な治療介入を行っているにも関わらず痛みの改善が得られず治療への満足度が低い患者さんがいることから、こうした患者さんの特徴と治療の可能性を探るために、精神医学的問題を評価する質問票「BS-POP」を開発しました。そして、20年以上前から精神科と協力してリエゾン診療を行っています。
BS-POPには、患者さんが回答する質問票だけでなく、治療者用の質問票を設けていて、特にこの治療者用の評価を重要視しています。中でも、「患部の示し方に特徴がある」(上から2番目)という質問に対し、「指示がないのに衣服を脱いで患部を見せる」という回答は、リエゾン診療で精神科の医師が重要視しているものです。
精神科的に診ると、これはいわゆるヒステリー所見であり、何らかの「疾病利得」がからんでいると評価されます。疾病利得とは、「家族が心配してくれる」、「職場で嫌な仕事をしなくて済む」、「補償を受けられる」など、疾患の症状によって得られる利益があることを指します。指示がないのに衣服を脱いで患部を見せるのは、慢性疼痛の痛みがなくなるとそのような恩恵を受けられなくなることから、無意識に痛みが治ってほしくないと思っている状態ということのようです(表4)。

表4 精神医学的問題を評価する質問票「BS-POP」

  • BS-POP 治療者用
  質問項目 回答と点数 評価点
診察上の問題
(過大な訴え)
1. 痛みのとぎれることがない 1 そんなことはない 2 時々とぎれる 3 ほとんどいつも痛む  

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