腹部の張りや痛み、残便感といった自覚症状はあるものの、医療機関には相談しづらく自己判断でOTC薬を使用していたり、満足のいく治療にはなかなかたどりつきにくい便秘。東洋医学的なアプローチとして漢方薬の活用も期待されています。
今回は、便秘に対してどのような漢方薬を活用することができるのか、便秘のタイプや症状に応じた漢方薬の選択、大黄を中心とした漢方薬に含まれる生薬に関する注意点などについて、北里大学東洋医学総合研究所の緒方千秋氏に解説していただきました。
患者の感じ方や主訴はさまざま 便秘への漢方の基本は「瀉す」
慢性便秘症は患者さんの感じ方や訴えがさまざまで、便秘症状の種類によって用いられる漢方薬も異なります。添付文書上の効能効果としては、便秘(症)のほか、腹部膨満感、しぶり腹、腹部がかたくつかえて便秘するもの、あるいは肥満体質で便秘するもの、といった記載があります。
漢方では、足りないものを「補う」、不要なものを「瀉す(取り除く)」、滞っているものを「巡らす」などの考え方があります。便秘の場合には主に「瀉す」ことが中心となりますが、水分や油分を補いながら瀉す、気を巡らしながら瀉す、という観点から漢方薬が選択されます。
慢性便秘症の基本の漢方薬は大黄甘草湯
慢性便秘症に対する漢方の基本は、大黄と甘草からできている大黄甘草湯(No.84)です。大黄は種類によって成分が異なりさまざまな作用がありますが、センノシドが瀉下作用を示します。大黄の効果として、胃腸を流し洗う、便が出ない(便閉)、残便感を改善する、といったことが、古い書物にも記されています。
大黄は、胃腸が弱い方では腹痛や下痢などの副作用が現れやすくなります。しかし、甘草と配合することによって大黄の強い瀉下作用が緩和されます。一方、甘草ではむくみや血圧上昇などの副作用が生じますので、腎機能の悪い方には甘草が適さないこともあります。
大黄甘草湯ベースの漢方薬は他にもある 重複に十分注意する
漢方薬は生薬の組み合わせでできているため、同じ生薬の組み合わせを含む漢方薬も多くあります。大黄甘草湯はその代表です。
大黄甘草湯を成分に含む薬剤として、調胃承気湯(No.74)、桃核承気湯(No.61)、潤腸湯(No.51)、防風通聖散(No.62)があり、これらは全て便秘に対する処方の選択肢となります。さらに、大黄甘草湯は「〇〇漢方便秘薬」という名称でOTC薬としてもよく用いられます。
このことから、すでに大黄甘草湯が処方されている、あるいは大黄甘草湯を含むOTC薬を服用していても、さらに、大黄や甘草を含む漢方薬の処方や購入がなされてしまうこともあります。薬剤師は、生薬を確認し、大黄および甘草の重複による副作用に注意しながら漢方薬の選択や服薬指導を行うことが必要です。
大黄甘草湯ベースの漢方薬の特徴
ひと口に便秘といっても、患者さんの体力やその他の症状によって選択される漢方薬は異なります。ここから、大黄甘草湯を基本とした漢方薬のそれぞれの特徴と用いられる便秘のタイプを紹介します(表1)。
漢方薬 | 生薬 | 適した便秘のタイプなどの特徴 |
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大黄甘草湯 (だいおうかんぞうとう) (No.84) |
大黄(だいおう)、甘草(かんぞう) |
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調胃承気湯 (ちょういじょうきとう) (No.74) |
大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)、無水芒硝(むすいぼうしょう) |
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桃核承気湯 (とうかくじょうきとう) (No.61) |
大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)、無水芒硝(むすいぼうしょう)、 桃仁(とうにん)、桂皮(けいひ) |
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潤腸湯 (じゅんちょうとう) (No.51) |
大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)、桃仁(とうにん)、 麻子仁(ましにん)、黄芩(おうごん)、枳実(きじつ)、 杏仁(きょうにん)、厚朴(こうぼく)、地黄(じおう)、 当帰(とうき) |
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防風通聖散 (ぼうふうつうしょうさん) (No.62) |
大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)、無水芒硝(むすいぼうしょう)、 防風(ぼうふう)、山梔子(さんしし)、黄芩(おうごん)、 滑石(かっせき)、桔梗(ききょう)、荊芥(けいがい)、 芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、石膏(せっこう)、 川芎(せんきゅう)、当帰(とうき)、薄荷(はっか)、 白朮(びゃくじゅつ)、麻黄(まおう)、連翹(れんぎょう) |
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緒方氏の話をもとに作成
調胃承気湯(ちょういじょうきとう)(No.74)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)(No.61)
漢方薬名にある「承気」には“気を巡らす”という意味があります。気を巡らすことにより腹部膨満感などが改善することもあります。
桃核承気湯の“桃核”は桃の種子(桃仁)に由来します。また、桂皮が入っているため、のぼせのある方の便秘に有効で、月経痛や生理不順、イライラ、不安などの月経前症候群を伴うものにも適しています。
承気湯類は、大黄と甘草の組み合わせに、さらに無水芒硝を加え瀉下作用を強めたものです。無水芒硝は塩類下剤のため、食塩制限がある方への使用は注意が必要です。
潤腸湯(じゅんちょうとう)(No.51)
漢方薬名からも分かるように、“腸を潤す”作用があります。含まれている生薬のひとつである麻子仁は発芽しないように加熱処理が施された麻の果実で、脂肪油を含み、粘滑性瀉下作用によって便を出します。瀉下作用は弱いものの、ウサギの糞のようなコロコロした硬い便や、高齢者や虚弱体質者の便秘に対する第一選択薬となっています。
防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)(No.62)
腹部に皮下脂肪が多い太鼓腹で、便秘がちの方に用いられます。OTC薬のナイシトール(小林製薬)、コッコアポ®EX錠(クラシエ)などにも防風通聖散が含まれているため、知らないうちに、防風通聖散を含む複数の薬を服用してしまっている方もいます。処方薬だけでなくOTC薬服用の有無も確認して過乗服用を避ける必要があります。
防風通聖散は18種類の生薬から成り(図)、それぞれの生薬と関連する副作用が報告されています。麻黄は自律神経系への影響があり、含有されるエフェドリンはドーピング禁止薬物です。また、山梔子には長期服用(多くは5年以上)で腸間膜静脈硬化症が現れることがあるという報告もあり、山梔子含有の漢方薬の長期の服用には注意すべきです。
図 生薬の写真
●防風通聖散(18種類)
当帰
(とうき)
川芎
(せんきゅう)
麻黄
(まおう)
連翹
(れんぎょう)
荊芥
(けいがい)
石膏
(せっこう)
黄芩
(おうごん)
芍薬
(しゃくやく)
防風
(ぼうふう)
山梔子
(さんしし)
薄荷
(はっか)
芒硝
(ぼうしょう)
大黄
(だいおう)
白朮
(びゃくじゅつ)
甘草
(かんぞう)
桔梗
(ききょう)
生姜
(しょうきょう)
滑石
(かっせき)
●大建中湯(4種類)
乾姜
(かんきょう)
人参
(にんじん)
山椒
(さんしょう)
膠飴
(こうい)
腸の動きや痛みを改善する漢方薬
大黄と甘草の組み合わせでなく、腸の動きや痛みをやわらげる漢方薬には、麻子仁丸、桂枝加芍薬湯、大建中湯などがあります(表2)。
漢方薬 | 生薬 | 適した便秘のタイプなどの特徴 |
---|---|---|
麻子仁丸 (ましにんがん) (No.126) |
大黄(だいおう)、麻子仁(ましにん)、枳実(きじつ)、 杏仁(きょうにん)、厚朴(こうぼく)、芍薬(しゃくやく) |
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桂枝加芍薬湯 (けいしかしゃくやくとう) (No.60) |
芍薬(しゃくやく)、桂皮(けいひ)、大棗(たいそう)、 甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう) |
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大建中湯 (だいけんちゅうとう) (No.100) |
乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、山椒(さんしょう)、 膠飴(こうい) |
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緒方氏の話をもとに作成
大黄は胃腸の弱い方、妊婦、授乳婦には使用しない
大黄には即効性があり、下痢、軟便の方では症状の悪化、著しく胃腸の虚弱な方では食欲不振、腹痛、下痢が現れやすく、また著しく体力の衰えている方でも副作用が現れやすく症状が増強される可能性があります。大黄の使用に対しては慎重に使用するとともに、腹痛や下痢などの副作用が現れた場合には服用量を減らす、他の漢方薬に変更するといった対応が必要となります。
大黄は子宮の収縮を促進するため、流産を引き起こす危険性があります。そのため、妊娠中の便秘に対しては大黄が含まれる漢方薬の服用は注意が必要です。また、大黄の成分アントラキノン誘導体が乳汁移行するとの報告があり、乳児が下痢をする可能性があります。授乳中は大黄が含まれる漢方薬の服用を避けるか、授乳を一時中止した方が良いです(表3)。
生薬 | 注意点 |
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大黄 (だいおう) |
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甘草 (かんぞう) |
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無水芒硝 (むすいぼうしょう) |
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山梔子 (さんしし) |
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麻黄 (まおう) |
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緒方氏の話をもとに作成
複数の漢方薬の処方やOTC薬服用では重複に注意
薬剤師が服薬指導を行う上では、便秘のタイプや症状の違いによって処方される漢方薬が異なること、漢方薬名の由来、各漢方薬に含まれる生薬の特徴や副作用などを理解し、服用の注意点や服用を中止すべき時期などを把握しておくとよいでしょう。
複数の漢方薬が処方された場合や、OTC薬を服用している場合、重複がないかの確認が必要となります。大黄甘草湯を処方されている患者さんに防風通聖散が処方された、あるいはこむら返りに芍薬甘草湯(芍薬+甘草)が処方されているが便秘に対して大黄甘草湯が含まれる漢方薬が処方された、といったケースでは、複数の漢方薬服用により生薬の量が増えてしまうため、副作用発現を懸念して疑義照会などで内容を確認してください。また、大黄を含む漢方薬では、妊娠や授乳をしていないかにも留意が必要です。
使用されている漢方薬で十分な効果が得られていない場合には漢方薬のタイプを変える、医療機関に受診することが大切です。慢性的な便秘については専門的な漢方外来へ相談することも念頭に置いていただければ幸いです。