不眠症状は医療現場では一般的な症状ですが、精神疾患や心疾患などさまざまな病気と密接に関連し、慢性化すると生活に支障をきたすため、早期に発見し適切に治療することが重要です。不眠症に対して処方される睡眠薬は多岐にわたり、薬剤師にとって薬剤選択の基準がわかりにくいのが現状です。今回は、国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部 室長 吉池卓也氏に、本邦における国民の睡眠の状況や不眠のリスク、不眠症に対する認知行動療法や睡眠薬の使い分けなどについて解説していただきました。
- 日本人の約4割は睡眠不足 年齢に応じた睡眠時間と良質な睡眠が重要
- 不眠あるところに疾患あり慢性不眠症が精神疾患、心疾患と関連
- 不眠症状が週3日以上、3ヵ月続き 生活に支障をきたすと慢性不眠症と診断
- すべての患者に睡眠衛生指導を実施 正しい知識に基づいて生活習慣の問題点を修正
- 早く床に入るのは?寝酒は?眠るための間違った知識
- 認知行動療法は有用だがリソースに限界あり
- 薬物療法はホメオスタシス、体内時計、覚醒・情動系を調整して睡眠を誘導・維持
- ベンゾジアゼピン受容体作動薬 長所と短所を冷静に評価する
- オレキシン受容体拮抗薬、メラトニン受容体作動薬により治療選択肢が拡大
- 睡眠薬は不眠症状、年齢、併存疾患などにより使い分ける
- 薬局薬剤師は睡眠薬の重複処方に注意
- 不眠でつらい時は、まずは受診を
日本人の約4割は睡眠不足 年齢に応じた睡眠時間と良質な睡眠が重要
睡眠は、心身の疲れを解消し、明日の活動に備えるために必要な休養活動であり、健康を保つためには適切な睡眠時間と良質な睡眠を確保することが大切です。適切な睡眠時間の目安は、こどもでは小学生が9~12時間、中学・高校生が8~10時間、成人では6時間以上とされており、十分な睡眠時間の確保が健康増進に役立つと考えられています。また、必要な睡眠時間は加齢に伴って短くなり、高齢者では睡眠時間そのものが寿命に及ぼす影響が希薄となり、寝床で過ごす時間(床上時間)が過度になるとかえって健康を損ねる恐れがあることから、床上時間が8時間以上にならないことが目安とされていることにも注意が必要です。なお、これらの時間に昼寝は含まれません。
良い睡眠には二つの目安があり、睡眠時間が適切であり(量の目安)、睡眠で休養が十分得られた感覚(睡眠休養感)があること(質の目安)が重要と考えられています(表1)。しかしながら、2019年の国民健康・栄養調査の結果によると、睡眠時間が6時間未満の人の割合は男性で37.5%、女性で40.6%に上り、日本人の約4割で睡眠時間が足りていないことが明らかになっています2)。また、睡眠による休養がとれていないと感じている人の割合は年々増えています(図1)。
睡眠の目的
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適切な睡眠時間(昼寝は含まず)
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厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」をもとに作成
不眠あるところに疾患あり慢性不眠症が精神疾患、心疾患と関連
「不眠あるところに疾患あり」と言われるように、不眠症状を呈する患者さんは背景に何かしらの疾患を持っていることが多いことが知られています。
各種疾患の有病率を慢性不眠症の有無により比較した米国の研究によると、慢性不眠症のある群では慢性不眠症のない群に比べて有病率が心疾患で約2倍、高血圧で約3倍、何かしらの疾患では約5倍に上昇していました3)。
欧州の研究では、一般人口20,536人のうち不眠症状があり睡眠に不満を持っている人の割合は12.4%で、そのうち36%が精神疾患の診断を受けており、特に不安症の割合が高かったと報告されています4)。
この他にも、慢性化した睡眠問題は2型糖尿病や肥満の発症リスク、死亡リスクの増加に関連することが明らかになっています1)。不眠症状はとくに精神疾患や代謝疾患、循環器疾患と遺伝学的に共通する背景を有すると報告されています5)。したがって、不眠症がある場合はこれらの疾患を背景に不眠が起こっている可能性に留意することが重要です(表2)。
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吉池氏の話をもとに作成
不眠症状が週3日以上、3ヵ月続き 生活に支障をきたすと慢性不眠症と診断
不眠症状は、主に3種類に分類されます。寝床に入ってもなかなか寝付けない「入眠困難」、睡眠中に何度も目が覚めて再び寝付くのが難しい「睡眠維持困難」、予定よりも早く覚醒する「早朝覚醒」です。これら不眠症状のうち少なくとも1つが週3日以上あり、日中に疲労を感じる、眠気がある、気分がすぐれずイライラする、注意力・集中力・記憶力が低下するなど、不眠症状の影響で日常生活に支障をきたすようになると不眠症の可能性が高いと考えられます。
眠るための機会や環境が適切であり、不眠症状が他の疾患や使用中の薬物によって完全に説明できるものではないにもかかわらず、症状が3ヵ月未満続くと短期不眠症、3ヵ月以上続くと慢性不眠症と診断されます(表3)。つまり、不眠症状のみでは不眠症と診断されず、不眠症状が一定の頻度で生じ、それによって日常生活に支障をきたしていることが重要な点です。
下記の不眠症状が1つ以上、週3日以上の頻度で3ヵ月以上続いている
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下記のいずれかの症状により日常生活に支障をきたしている
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不眠症状が他の疾患や薬物によって完全に説明できるものではない
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眠るための機会や環境が適切である
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吉池氏の話をもとに改変
すべての患者に睡眠衛生指導を実施 正しい知識に基づいて生活習慣の問題点を修正
「睡眠衛生指導」は、睡眠に対する正しい知識を提供し、睡眠習慣に起因する不眠を改善する手立てであり、不眠に悩むすべての患者さんにとって有益となりうるものです。私たちの睡眠は、疲れたら休む、夜になったら休む、必要に応じて目を覚ますという三つのしくみによって支えられており、これらのしくみを促すものを増やし、妨げるものを減らす工夫が重要であることを指導します。
具体的には、次の6点です。①定期的に運動する、②決まった時間に食事をとる、③寝室は適温・静穏に保ち、夜に暗く朝に明るいメリハリをつける、④午睡をできるだけ控える(必要な場合は15時以前に15分~30分にとどめる)、⑤カフェインの摂取は昼食後を最後に以降は控え、就寝直前の喫煙・飲酒を控える(寝酒をしない)、⑥寝床では睡眠以外のことをできるだけ控える(スマホ操作、悩み事など)、これら6点を指導します。
早く床に入るのは?寝酒は?眠るための間違った知識
長く眠るためにいつもより早く床に入る、寝付きがよくなるから飲酒する、という患者さんに出会うことは少なくありませんが、これらはいずれも不眠への誤った対処法です。
眠る1~2時間前に脳の覚醒度は最も高くなるので、少しでも長く眠りたいからといっていつもより早い時間に床に入ってもかえって寝つきが悪くなります。また、「眠らなくては」と頑張りすぎると、それが覚醒を促す刺激となって寝付きを悪くすることがあります。アルコールは、多くの人で眠気を催し入眠を促しますが、慣れによってこの作用は弱くなります。また、アルコールは徐波睡眠(深睡眠)を減らし、中途覚醒を増やすだけでなく、利尿作用をもつため、結果として眠りが妨げられることに注意が必要です。眠りについての正しい知識を持ち、良質な睡眠を妨げる生活習慣を是正することが大切です。
認知行動療法は有用だがリソースに限界あり
成人の慢性不眠症に対する治療法として国際的にコンセンサスが得られているのは、不眠の認知行動療法、および薬物療法です。
不眠の認知行動療法は、不眠症状が生じ、持続する要因となっている行動や考え方の習慣を見つけ出し、それらをよい習慣に変えていくように導く心理療法です。これは、睡眠衛生指導のほか、刺激制御法、睡眠制限法、認知再構成など複数の手法で構成されており、このうち刺激制御法、睡眠制限法といった行動療法は単独でも有効と考えられています。
まず、睡眠制限法です。慢性不眠症のある患者さんには、睡眠を確保しようとするあまり、床上時間が過剰になる傾向がよくみられます。これは高齢になるほど顕著となります。本来眠ることができる時間よりも長い時間を寝床で過ごすことで、途中で目が覚めやすくなる結果、主観的な睡眠の質が低下します。そこで、睡眠時間を意図的に、眠れたと感じる時間と同じくらいまで短くすることで、不眠の改善を目指す治療法です(図2)。
また、刺激制御法では、不眠が長引くうちに習慣化された寝床で行う睡眠以外の行動(例えば、スマホ操作、読書、飲食)を禁止し、眠くなるまでは寝床に行かず、寝床に入っても眠れない場合は寝床を離れることで、寝床と睡眠の結びつきを回復させる治療法です。
認知行動療法は効果が実感できるまでに時間がかかるだけでなく、睡眠制限法を行うことで一時的に不眠が強まる場合があるので、治療の初期には睡眠薬を併用しながら不眠の認知行動療法を実施する場合が少なくありません。
(https://e-kennet.mhlw.go.jp/tools_sleep/)より作成
薬物療法はホメオスタシス、体内時計、覚醒・情動系を調整して睡眠を誘導・維持
不眠の認知行動療法は、その治療効果と安全性の高さから欧米では第一選択治療とされていますが6)、日本では保険収載されておらず、実施できる施設と人材も限られているため、慢性不眠症の治療において薬物療法が重要な役割を果たしている現状です。
不眠症状の改善に用いられる薬剤は、主にベンゾジアゼピン(GABAA)受容体作動薬(ベンゾジアゼピン系薬剤、非ベンゾジアゼピン系薬剤)、