糖尿病への理解が進まない現状に風穴を開けようと、オンライン市民公開講座「『知ってほしい!“糖尿病への誤解”』――誤解の実態と、企業や周囲が行なうべき対応について」(公益社団法人日本糖尿病協会、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社の共催)が2023年4月21日に開催されました。講演、パネルディスカッションを通じて、糖尿病を持っていても肩身の狭い思いをせずに社会活動できる道筋を探りました。
糖尿病のイメージ ウソ?ホント?
糖尿病への誤解の実態
糖尿病は甘いものの食べ過ぎ、長生きできないという誤解
日本では糖尿病のある人は約1,100万人で、20歳以上の11.8%を占めます。これほど身近な病気であるにもかかわらず、糖尿病という疾患は正しく理解されていないのが実情です。
糖尿病は、体質や年齢、過食、運動不足、体重増加、ストレスなどさまざまな生活要因にインスリン抵抗性・分泌不全が加わって発症します。日本人を含む東アジア人は欧米人に比べて体質的に糖尿病を発症しやすいことが知られています。
糖尿病の原因について、多くの一般の方が「糖尿病は甘いものの食べ過ぎが原因」、「糖尿病があると長生きできない」といった誤解をされています。しかし、実際には、糖尿病のある人と糖尿病のない人で総エネルギー消費量、エネルギー摂取量は差がないと報告されています1)。
また、国内外の調査で、40歳時の平均余命については糖尿病があっても一般と大きな差はないことが指摘されています(図1)。適切な糖尿病の治療を受けていれば糖尿病があっても長生きできる可能性があります。
図1 糖尿病のある人と一般の平均余命
40歳時の平均余命では、日本人一般と日本人で糖尿病のある人の平均余命に大きな差はない可能性
*:厚生労働省日本人の平均余命平成12年度簡易生命表より
#:Goto A et al. J Diabetes Investig. 2020 ;11(1):52-54.
より作成(田中氏の許可を得て掲載)
糖尿病のある人はスティグマを強く感じている
糖尿病があるというだけで、社会的な不利益やいわれなき差別を受けることを、糖尿病スティグマといいます。「スティグマ」とは、恥、不信用の烙印、汚名を着せられるといった意味です。
私たちは、糖尿病のある人は実際にスティグマを強く感じているかどうかをアンケート調査しました。対象は、2020年2月~3月に関西電力病院などに通院した患者さん539人で、独自に開発した指標であるKISS(Kanden Institute Stigma Scale)スコアを比較しました。その結果、糖尿病のある人はない人に比べてスティグマを強く感じていることがわかりました2)。
糖尿病のあることが不利にならない社会
糖尿病スティグマは、糖尿病という疾患に対する誤った認識と、糖尿病の治療の困難さに関する誤った認識という2つの原因から生まれると考えられます。医療従事者でさえ糖尿病のある人に対して偏見を持っていることもわかっています。
糖尿病スティグマを感じることで糖尿病患者さんの様々な場面で悪影響が起こります(図2)。こうした状況で、糖尿病のある人が社会的に孤立すると、治療に対しても前向きな気持ちになれず、最終的には糖尿病の悪化を招くことになります。
1921年にインスリンが発見され、100年以上がたちました。この20年間で糖尿病の治療はさまざまな薬が開発され、飛躍的に進歩しました。糖尿病をめぐる古い考えや慣習から脱却し、糖尿病スティグマを解消することで、糖尿病を持っていても不利にならない社会を目指していくことが大切です。
図2 糖尿病スティグマを感じることによる影響
日本糖尿病療養指導士認定機構編著『糖尿病療養指導ガイドブック2022』より作成(田中氏の許可を得て掲載)
- Yoshimura R et al. J Diabetes Investig, 2019;10(2):318-321.
- Tanaka N et al. J Diabetes Investig. 2022 ; 13(12):2081-2090.
色眼鏡かけてませんか?
糖尿病への誤解に対し、企業や周囲はどう対応すべきか
糖尿病への誤解はどのように起こっているのか
糖尿病の有無で生まれる不利益の認識の差
清野 本シンポジウムの事前アンケート調査で、現在糖尿病の治療を受けている人の76%が「糖尿病であることで不利益を受けたと感じたことがある」、24%が「不利益を感じたことがない」と答えました。不利益の内容で最も多かったのは「加入できる生命保険が限られることがあった」で、全体の3分の1を占めました。また、糖尿病のない人で、「糖尿病のある人が病気のために不利益を感じていると聞いたことがある」と答えたのは62%で、「聞いたことがない」と答えたのは38%でした。糖尿病のある人が不利益を感じている実態が明らかになったものの、自分が糖尿病かどうかで認識が異なる実態が浮かび上がってきました。
田中 糖尿病のある人とない人の間で糖尿病による不利益の認識に14%の差があります。これは、糖尿病だから不利益を被るのは仕方がないと考える人がいる一方、糖尿病になって初めて不利益を被ることに気がつく人もいるということが推察できます。
室井 私自身が糖尿病を持っており、確かに周囲の人との認識のギャップを感じたことはあります。糖尿病があるために周りから色眼鏡で見られたこともたびたびあります。「わがままで、怠惰だから糖尿病になる」などと心無い言われ方をしてきました。しかし、私は27年間、作家を続けていますが、親が亡くなった時も、子どもを出産した時でさえ執筆をさぼったことはなく、締め切りも守ってきました。
田中 私の患者さんの中には、就職活動で糖尿病があるために不採用になった経験がある人もいます。
渡辺 二次検診受診率の向上や労働時間の削減などで健康増進に取り組む企業の経営者として、それは悲しい実態と言わざるを得ません。
ほぼ半数以上の人が糖尿病を間違って認識
室井 世間の人は本当に糖尿病という病気について知らないのだなあとつくづく思うことがあります。たとえば、低血糖になって倒れそうになる時には、お菓子など甘いものを少量口にしますが、周りの人たちはそれを見て「だから糖尿病になるのでしょう」と言うのです。
渡辺 そういうときに低血糖を防ぐ行為であると説明したりしないのですか。誤解や偏見は知識や理解が足りないために起こると思います。
室井 自分の病気に対する理解を求めることも大切だとはわかっていますが、まずは低血糖を防ぐことが最優先ですから、その機会を逸することもあります。
清野 アンケート調査では糖尿病に対するイメージについても尋ねており、72%が「糖尿病は遺伝すると思う」、62%が「糖尿病のある人は食べ過ぎの人が多いと思う」、55%が「糖尿病のある人は長生きできないと思う」、46%が「糖尿病があるとがんになりやすいと思う」と答えています。
田中 いずれも糖尿病に対する誤った認識ですよね。
清野 私が50年数年前に医師になった頃、糖尿病は遺伝する病気と言われていましたが、その誤解がいまだに根強く残っています。糖尿病が発症する原因は200種類程度もあるとされ、中には遺伝によって発症する糖尿病もありますが、糖尿病は遺伝病ではありません。正しくは糖尿病になりやすい体質が遺伝するということで、日本人の2人に1人は糖尿病になる体質を持っています。
企業や社会としてどのように取り組むべきか
糖尿病はその人のキャラクターの1つ
清野 糖尿病に対する誤解や偏見を是正していくために何をすべきでしょうか。
渡辺 当社では中核的労働要求事項に関する方針声明として、職業と雇用における差別の撤廃を掲げ、さまざまなイベントを通じて社会啓発に力を入れています。
田中 従業員の中には就職してから糖尿病を発症する人もおられると思いますが、どのような体制になっていますか。
渡辺 糖尿病と診断された社員に対して上司や同僚のサポートが必要であり、糖尿病であることを伝えてもらうことを重視した職場環境づくりを進めています。
田中 積極的にコミュニケーションをとることで疾患・障害に対する理解を深めていこうということですね。
清野 例えば同じ生活習慣病でも、高血圧などと違って、糖尿病を持っている人は自分の病気について積極的に話さないようです。渡辺さんのような経営者が増えることで、糖尿病を巡るさまざまな障壁が取り除かれるのではないかと思います。
田中 私たちは糖尿病のある人への特別扱いを望んでいるのではありません。高血圧、頭痛、腰痛などと同じように、糖尿病があっても企業や社会でその人なりに役割を果たすことができることを知ってほしい。糖尿病はその人のキャラクターの1つとして捉えてもらえるような風土ができていくことを期待しています。
渡辺 日本には人種、国籍、出身地のほか、疾病や障害などに対する差別意識が風土として残っています。糖尿病という病気についていかに理解しながら企業を発展させていくか――今後はこの視点が経営者に必要になると思います。
清野 私は日ごろから企業の経営者とよく話をする機会がありますが、「高血圧や高尿酸血症はたいしたことないが、糖尿病になったらおしまいですな」と、いまだにこのような認識を持っている人がいます。
病名が持つ侮蔑的なニュアンスの払拭を
清野 企業は糖尿病のある人のために就労環境はどのように整えていくべきでしょうか。
渡辺 日本人の成人の10人に1人が糖尿病という現実を踏まえると、当社の従業員は約800人ですから、そのうち80人が糖尿病を持っていると想定して対策を講じることになります。
室井 やはり、糖尿病のある人が自分の病気を周囲に話せるような環境を整えることが重要ですね。
田中 心肺停止で救急搬送される人の数は年間25,000人で、その半数がその場に居合わせた人によって心肺蘇生が行われているといわれます。これは心肺蘇生に関する知識が広まっていることを示しています。糖尿病についても正しい知識が社会に浸透することで、糖尿病があっても安心して社会活動ができるようになると思います。
清野 糖尿病スティグマを解消するためには、日本語にはなかった概念としてのスティグマについて理解することが重要です。
室井 「糖尿病」という病名はスティグマを生み出す要因の1つですね。「尿」を「にょう」と平仮名にするだけでも侮蔑的なニュアンスが少しは薄まるような気もします。とにかく少しずつ糖尿病への理解が広がることを願っています。はっきり言えるのはこの世には正しい差別などというものは存在しないことだと思います。人との関わりの中で生きていく以上、支え合える社会が構築されることを望んでいます。
清野 糖尿病の病名に関する歴史は、紀元2世紀に遡ります。カッパドキアの医師であるアレテウスが患者を観察し、尿が多量に排泄される症状から、ラテン語のサイフォンをあらわすdiabetesと名付けたと言われています。
時代を経て日本では1907年に「糖尿病」と命名されました。当時は尿糖がやっと測定可能となっていました。その後、血液中の糖を測定する技術が開発され、糖尿病は慢性的に血糖が高い病気であることが明らかになりました。さらに研究が進み、尿糖が現れるのは糖尿病に限らず、逆に糖尿病でも尿糖が出ない人がいることがわかってきました。つまり、糖尿病という病名ではこの疾患の病態が正しく反映されなくなっているのです。
糖尿病を辞書で調べてみると、「持続的な高血糖・糖尿を呈する代謝疾患」(広辞苑)、「持続性の高血糖と尿中への糖排出特徴とする症候群」(大辞林)、「高血糖と糖尿とが持続的にみられる慢性の病気」(大辞泉)となっています。これに対して「Longman」や「Oxford」など英語の辞書では、「血液中の糖が増える」などと解説され、「尿」という言葉は使われていません。このようなところにも糖尿病への理解が遅れている日本の現状が表れています。糖尿病スティグマを払拭するためにも、糖尿病は病態に即した適切な呼称が必要です。