「家に帰りたい患者さんは帰してあげたい」との思いから在宅医療へ
私は、今の職場に勤める前の12年間、病院に勤務していました。緩和ケア病棟、一般病棟ともに経験しましたが、緩和ケア病棟の患者さんの表情は穏やかで、「緩和ケアはすごい。これからは緩和ケアが必要だ」と常日頃考えていました。一方で、一般病棟の患者さんががん末期になり「家に帰りたい」と言っても、その患者さんの地域に医療用麻薬の注射剤を確実に供給できる薬局がなく、薬局を探している間に、患者さんの具合が悪くなって帰してあげられなくなった経験もありました。「家に帰りたい患者さんは帰してあげたい。在宅での緩和ケアを支えられる薬局が必要だ」と思い続けていた中で、私の想いに適う今の職場と出会い、思い切って転職して在宅医療に関わり始めました。
医療者は患者さんとご家族の生活を支える黒子
現在の職場は在宅医療に特化した保険薬局です。患者さんの多くは医療依存度の高い方で、がん患者さんが多いのが特徴です。当薬局は首都圏に9店舗あり、東京都台東区にある浅草橋店は東京23区内の東半分、車で片道1時間程度の範囲内の患者さんを、数名の薬剤師で訪問しています。
当薬局では入院先の病院や在宅療養支援診療所の医師からの依頼が多く、依頼元の医師のほか訪問看護師やケアマネジャーなどと連携しながら訪問業務を行っています。
在宅医療の主役は患者さんで、医療者は患者さんとご家族の生活を支える黒子です。患者さんは気兼ねなく、自分らしく生活するために自宅に帰られたのですから、患者さんの価値観に反していたり、生活の流れを乱す医療を受けるのでは、自宅に帰ってきた意味がありません。そのため、在宅医療では医療的なファーストラインが必ずしも正しいとは限らず、セカンドラインやサードラインを選択することもあります。私たち薬剤師はともすれば、「薬学的サポートを行うために、患者さんを訪問した際にはこれをしなければならない」と考えがちです。しかし、在宅医療では「私たちが患者さんのために何ができるか」のように「私たち」が主語であってはならず、「患者さんが○○をしたい」という願いをどうしたら支えられるか、主語を「患者さん」にして考えます。在宅医療における薬剤師の専門性は、患者さんとご家族の生活がうまく流れるように、費用面での負担やシンプルに使えることを考えて医薬品や医療用機器などをアレンジし、カスタマイズできることだと思います。
患者さんやご家族に薬の服用方法などを説明し、痛みや薬の副作用で生活が障害されているなら、それを取り除くために用量の調節などを医師に提案しますが、薬学的管理以前に行うべきこともあります。例えば、足の踏み場もないほど室内が散らかっていれば、夜間トイレに立ったとき転倒する可能性があるので、患者さんと一緒に動線を確保したり、ケアマネジャーに相談することもあります。
他職種との連携では、チーム内での薬剤師の立ち位置を考えて活動する
訪問後、依頼元の医師とケアマネジャーに報告書を提出しますが、訪問時に気づいたことがあれば、報告書を作成する前に、医師や看護師、ケアマネジャーなどに連絡することもあります。在宅医療に携わるメンバーは一堂に集まることが難しく、スピーディーな対応が求められるので、電話連絡がメインになります。その分、普段から良好な関係を構築することが大切ですが、依頼元の医師が連携している訪問看護ステーションなどはだいたい決まっているので、何回かチームを組む中で看護師やケアマネジャーと顔見知りになり、連携がうまく図られています。
在宅医療に携わる医療者は、在宅の患者さんやご家族を支えたいという共通認識で業務を行っています。私たち薬剤師のその思いが患者さんだけでなく、チームの他のメンバーにも伝わることが大切です。チームにおける薬剤師の立ち位置はチームごとに異なり、医師と看護師が患者さんをしっかり支えている場合には薬剤師は一歩引いたほうが患者さんの生活を乱さないでしょうし、逆に、看護師とともに患者さんにより近いところで活動する場合もあります。いずれの場合も、患者さんやご家族が「どうしたいのか」をチーム全体で考え、行動することが大切で、一生懸命なあまりに自己満足に陥ることがないよう気をつけることが、連携をうまく図る一つのポイントではないでしょうか。
保険薬局同士の連携で患者さんを地域全体で支える仕組みも必要
在宅訪問は、保険薬局のカウンター業務とさまざまな面で異なります。また、保険薬局が在宅緩和ケアをサポートするには、医療用麻薬の在庫や無菌調剤室の設置など難しい面もあります。実状として在宅緩和ケアに対応できる保険薬局は少ないため、在宅緩和ケア対応薬局データベースなども活用しながら、保険薬局の連携で在宅患者さんを地域全体で支えていく仕組みを作っていくことも、これからは必要でしょう。
これから在宅訪問を始めようと思っている薬局は、まずはそれぞれの地域、それぞれの薬局の状況に応じて在宅医療に関与すればよいと思います。最初は、慢性疾患の患者さん宅に薬剤を届けることや残薬確認など、できることから始めてはどうでしょうか。保険薬局を訪れる慢性疾患の患者さんの中に通院に難渋している方がいれば、その方にして差し上げられることを考える中で、他の職種とのつながりもできるでしょう。そして、その患者さんの具合が悪くなって、自局では対応が難しくなったら、対応できる保険薬局に紹介する。そういう形なら、在宅医療のハードルは低くなるでしょう。そして、自局だけでなく地域全体で、在宅患者さんを支えるうえで足りない機能は何か、その足りない部分をどう埋めていくのかを次の段階で考えることが必要だと思います。
繰り返しになりますが、在宅医療で大切なのは目の前の患者さんを支えたいという気持ちです。その気持ちと在宅医療に取り組む姿勢が他の職種から評価されれば、在宅医療に必要な知識やノウハウを教えてくれる医師や看護師、ケアマネジャーなども現れるでしょう。在宅医療は多職種と連携しなければ行えず、また連携する中で私たちは成長していくことができます。そして、在宅医療に携わることで、病棟業務やカウンター業務では見えなかった世界が見えてくると思います。