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HIFの法則

2020年1月号
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慢性腎臓病やがん領域で注目されるHIFとは?

高地に行くと呼吸が苦しくなります。低地と高地の酸素濃度は同じですが、高地では気圧が低いため、それに比例して大気中の酸素分圧(気圧×酸素濃度)も低くなるために息苦しくなるのです。標準気圧(1気圧)は、海抜0mでは1013.25ヘクトパスカル(hPa)で、10m高くなるごとにおよそ1hPa下がるので、標高5,000mだと約0.5気圧となり、低地の半分ほどの酸素量しかありません。
このような高地で、呼吸が苦しくなったとき、体内で活躍するのが低酸素誘導因子(Hypoxia Inducible Factor:HIF)です。このHIFは、低地ではプロリン水酸化酵素(PH)によって分解されますが、高地などの低酸素環境ではPHの活性が低下して分解されません。すると、HIFは造血ホルモンであるエリスロポエチン(EPO)の分泌を促し、このEPOが骨髄などの造血細胞に働いて赤血球が増産され、赤血球によって取り込まれた酸素が体の隅々の細胞に運ばれます。
運動選手の高地トレーニングは、こうした反応を利用したもので、あえて低酸素環境で練習することによって赤血球を増産させ、その結果、全身の筋肉に酸素が行きわたるようになり、持久力が大きく向上します。
2019年のノーベル医学生理学賞は、この「低酸素応答」のメカニズムを解明した3人の研究者に贈られました。一連の研究成果は、すでにHIF-PH阻害薬という治療薬の開発に結実しています。2019年9月にわが国で製造販売承認を取得した同薬剤は、透析施行中の腎性貧血を適応としています。
腎臓はHIFとEPOが活躍する場で、EPOをつくる細胞は腎臓の尿細管と尿細管のすき間(間質)にいます。糖尿病などで糸球体硬化や尿細管障害といった腎障害が起こると、EPOをつくる細胞の形質が変わり、EPOをつくる機能が失われます。そのため、赤血球が減って貧血を引き起こし、CKDの症状悪化や死亡リスクを増加させます。この腎性貧血の治療薬としては、従来、EPO製剤が用いられ、著明な改善が得られていますが、なかにはEPO製剤に抵抗性を示すケースもあり、新たな治療薬の開発が期待されていました。
そこに登場したのが、HIF-PH阻害薬です。CKDでは、その進行によって体内に蓄積される尿毒症毒素が、HIFの発現や機能を抑制することがわかっています。HIF-PH阻害薬は、HIFの分解に関わるPHを阻害することで、体内でのHIF産生→EPO産生→赤血球産生という一連の反応を促進して、腎性貧血を改善します。
また、がん領域でもHIFが注目されています。がん細胞は大きくなると成長・増殖が速まりますが、このスピードに腫瘍組織の血管の形成が追いつかず、腫瘍組織に低酸素環境が生じます。そこで、多くのがん細胞はHIFを活性化させ、低酸素環境に適応して生存を図っています。また、活性化したHIFはがん細胞の転移を促進することもわかっており、HIFはがん治療のターゲットとして有望視されているのです。

参考文献

  1. 柳田素子, 南学正臣: 実験医学 2016; 34: 1252-1255
  2. 小林稔, 原田浩: 生化学 2013; 85: 187-195

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