Check Point
生命予後に寄与する心不全治療薬は3系統ACE阻害薬、ARB、β遮断薬は心不全早期から用いられる基礎薬
生活習慣の管理が薬物療法とともにきわめて重要
心筋梗塞既往の患者など基礎疾患をもつ患者には心不全の予防対策が、
心不全患者にはステージを進行させない管理が求められる
チーム医療で心不全のステージ進行をくい止める。
保険薬局薬剤師は悪化の徴候を見逃さず、かかりつけ医と患者情報を共有する
Part.1 早期からの医療介入と自己管理で心不全の進行は防げる
2020年の患者数は120万人 心不全パンデミック
心臓外科のパイオニアの1人である故・榊原仟東京女子医科大学教授が1977年(昭和52年)に設立した榊原記念病院は心臓病、高血圧、心血管病、心臓リハビリテーションなどの専門医療に大きな実績を残し、現在も日本の循環器医療をリードする施設の1つだ。
その榊原記念病院で2017年度のCCU入院患者は約800人。このうち64%が救急搬送で、心不全による救急搬送患者はおよそ150人と20%を占めている。心不全で救急搬送された患者のうち、心筋症によるものが30%、次いで虚血性心疾患によるもの、もしくは大動脈弁狭窄症を主とする弁膜症によるものが各25%を占めている。心不全の原因疾患は多岐にわたるが、上記疾患に加えて不整脈が代表的な原因疾患である。いずれの疾患も血液を全身に送り出す心臓のポンプ機能が悪化して心不全という病態を招く。
心不全が顕性化した場合の5年生存率は約50%で、大腸がんとほぼ同等、前立腺がんや乳がんより不良である。さらに、がんと違い心不全は寛解増悪に伴う入退院の繰り返しで徐々に死の転帰を迎えることも特徴である。
2011年から2014年の期間に榊原記念病院で入院加療し軽快退院した心不全患者542人中約30%の145人が一年以内に再入院し、退院から再入院までの平均日数はわずか90日であった。
「急性・慢性心不全診療ガイドライン」では心不全のステージを図1のように定義している。心不全は急性増悪を繰り返すごとに進行し、最後は人生の最終段階のケアを必要とする。心不全を発症していなくても、リスク因子を有していればステージAに分類される。
図1 心不全とそのリスクの進展ステージ
厚生労働省「脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について(平成29年7月)」を参考に作成
虚血性心疾患の増加、高齢化による高血圧や弁膜症患者の増加といった循環器疾患における疾病構造の変化は心不全患者増加の大きな要因である。米国のフラミンガム研究によると50歳代の慢性心不全発症率は1%程度だが、80歳以上になると急増し10%にも達する。日本における心不全患者の総数は推計では2005年に約100万人、2020年には120万人に達するといわれており、爆発的増加といっていい状態である。このような心不全パンデミックをくい止めるためには、第一に、虚血性心疾患や高血圧など心不全の原因となる基礎疾患の徹底した予防管理と治療が求められる。
個別化医療によるリスク是正と早期薬物療法が必要
入退院を繰り返しながら徐々に生活の質を低下させる心不全は臨床上だけでなく医療経済も含んだ大きな問題である。心不全の悪化による再入院の予防は、病院にとっても患者にとっても喫緊の課題であるが、心不全パンデミックは留まることなく、死亡率は右肩上がりに上昇を続けている。
エビデンスに基づく標準薬物療法が普及し、心臓再同期療法などデバイス治療も進歩しているにもかかわらず心不全による死亡率は上昇している。
榊原記念病院循環器内科の鈴木誠氏は「これからは心不全の原因に基づく個別化医療すなわちプレシジョン・メディシンが要求される時代になるでしょう。個々の患者レベルで最適な治療法を分析し、選択しなければ心不全による死亡率は減少しません」と語る。患者個々の原因疾患にアプローチして無症状、軽症の時期からリスクの是正と早期からの薬物療法、それに心臓リハビリテーションを含む非薬物療法を開始しなければ、治療法が進歩しても死亡率が減少しないジレンマから逃れられない。
すなわち、NYHA心機能分類(表1)ではⅠ度、AHA/ACCステージ分類(表2)ではステージAの段階から積極的な予防管理や治療的介入が必要である。NYHA心機能分類は心不全患者の活動レベルを示し、AHA/ACCステージ分類は心不全病期の進行をその原因疾患の発症から終末期まで含めて4段階で示したものである。心不全は、薬剤師を含む多職種によるチーム医療が大切であり、特に病期が進んだ患者家族に対するACP(アドバンス・ケア・プランニング)※ の積極的導入の重要性が近年重視されている。
Ⅰ度 |
心疾患を有するが、そのために身体活動が制限されることのない患者 通常の活動では疲労・動悸・呼吸困難・狭心症状はきたさない。 |
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Ⅱ度 |
心疾患を有し、そのために身体活動が軽度から中等度制限される患者 安静時無症状であるが、通常の活動で疲労・動悸・呼吸困難・狭心症状をきたす。 |
Ⅲ度 |
心疾患を有し、そのために身体活動が高度に制限される患者 安静時無症状であるが、通常以下の身体活動で疲労・動悸・呼吸困難・狭心症状をきたす。 |
Ⅳ度 |
心疾患を有し、そのために非常に軽度の身体活動でも愁訴をきたす患者 安静時においても心不全あるいは狭心症状を示すことがあり、少しの身体活動でも愁訴が増加する。 |
佐藤幸人著「心不全の基礎知識100」文光堂,2013を参考に作成
ステージA |
危険因子を有するが心機能障害がない
対策:高血圧、耐糖能異常、脂質異常症、喫煙などの危険因子を除去する。 |
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ステージB |
無症状の左室収縮機能不全 対策:ACE阻害薬またはARB、β遮断薬の投与を開始。 |
ステージC |
症候性心不全 対策:上記に加え、利尿薬、抗アルドステロン薬を加え、必要に応じて入院加療。 |
ステージD |
治療抵抗性心不全 対策:心臓移植、補助人工心臓を考慮、または終末期ケアを行う。 |
南江堂「今日の治療薬2018年版」を参考に作成
急性増悪を起こさない 慢性心不全の管理
急性心筋梗塞に対して、詰まった冠動脈の血流を再開させる早期再灌流療法を用いて急性期を脱した患者においても将来心不全に進展する可能性がある。それを防ぐには心筋梗塞治療後の徹底した二次予防管理が重要である。高血圧、糖尿病、肥満、メタボリックシンドローム、動脈硬化に対する早期からの介入によって心不全の発症を予防することが必要である。たとえば、減塩や減量を含めた高血圧に対する厳格な血圧管理、慢性期リハビリテーション等の身体活動量の保持による一般的な生活習慣の改善、心血管病既往の2型糖尿病患者に対するSGLT2阻害薬による心不全予防など個々の患者の病態に応じた高いエビデンスレベルを有する医療介入が大切である。医師、看護師、薬剤師、管理栄養士など多職種による包括的なプログラムとチーム医療で、こうした医療介入を日常的に行うことが求められる。保険薬局においては、高血圧、糖尿病など心不全の危険因子をもつ患者に対して高血圧や糖尿病の服薬指導を行う際に、折に触れて心不全への理解を深めてもらうような啓蒙的コミュニケーションが大切になる。
心不全の増悪因子のうち保険薬局薬剤師がチェックできる項目として呼吸困難や体重増加が知られている。「ただし、息切れは心不全悪化の目安としては遅いときがあります。慢性心不全患者さんが夜間咳が出て眠れないと訴えるようなときは風邪を疑うよりも心不全の悪化、すなわち肺うっ血が起こっている可能性を疑うべきです」と鈴木氏は指摘する。
心不全の急性増悪の徴候を見逃さないためには日本心不全学会が発行している『心不全手帳』が有効だ。自己管理ツールとして在宅医療、訪問看護の際にも役立つ。心不全手帳あるいは患者との日々の会話から心不全悪化の徴候を見逃すことなくかかりつけ医に情報提供することが大切である。慢性心不全を管理する最大の目的は心不全ステージAの管理を徹底し先のステージに進ませないことにある。
心不全の薬物療法 生命予後に寄与するのは3系統
表3に心不全治療薬の分類と特徴を示した。さまざまな作用をもつ薬剤が使用されているが、原因疾患にかかわらず生命予後の改善が証明されているのは3系統の薬剤に過ぎない。
強心薬 | |
ジギタリス製剤 | 頻脈性心房細動を合併する心不全に有効、収縮性低下の心不全症状を改善。ジギタリス中毒は、高齢者、腎機能低下、低K血症で注意 |
カテコラミン | 他剤無効の急性心不全の症状を改善。心収縮増強、昇圧、頻拍、腎血流増加作用あり |
カテコラミン系 | 心収縮力を増強するが生命予後は改善しない。他剤無効の急性心不全や、経口薬は静注強心薬からの離脱に使用。α受容体刺激薬は昇圧薬 |
ホスホジエステラーゼ‒Ⅲ (PDE-Ⅲ)阻害薬 | 急性心不全の症状改善を目的に静注で短期的に使用。強心作用とともに血管拡張作用があり、β受容体を介さない。ピモベンダンは経口薬で複数機序を有する |
強心薬以外の心不全治療薬の分類と特徴 | |
ACE阻害薬 | 心不全の病態を改善し、長期予後を改善する。慢性心不全の第一選択薬として、無症状から重症例まで広く用いられる |
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB) | ACE阻害薬とほぼ同等の効果を有し、ACE阻害薬が使用できない慢性心不全例に用いられる |
β遮断薬 | 心不全の病態を改善し、長期予後を改善する。ACE阻害薬や利尿薬で症状がコントロールされている例に少量から用いる |
抗アルドステロン薬 | K保持性利尿薬であるとともに、心血管系の線維化を抑制し、重症心不全の予後を改善する |
レニン阻害薬 | レニン活性を抑制する。降圧薬としての適応のみ。心不全に対する臨床試験はネガティブだった |
心房性Na利尿ペプチド製剤 | 利尿作用と血管拡張作用を有し、尿量確保が困難な難治性心不全に用いられる。レニン・アルドステロンを抑制する |
佐藤幸人著「心不全の基礎知識100」文光堂,2013を参考に作成
1つは神経体液性因子の亢進を抑制する薬剤(ACE阻害薬、ARB〔アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬〕)。2番目は交感神経系に働いて生存率に寄与するβ遮断薬、3番目は抗アルドステロン薬である。
心不全は、交感神経系やレニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系に代表される神経体液性因子の亢進、さまざまな生理活性を有する一酸化窒素(NO)を産生する血管内皮機能障害、心筋細胞自身の機能の低下、この3つが複雑に絡み合って発症する。
ACE阻害薬とARBは、神経体液性因子のうち心不全患者において亢進しているレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系を抑制する。ACE阻害薬は1987年のCONSENSUS1)や1991年に発表されたSOLVD2)など大規模臨床試験で心不全患者での生命予後の改善効果が証明されている。
ARBはELITEⅡ3)(2000年)、CHARM alternative4)(2003年)などで心不全に対してACE阻害薬と同等の心血管イベント抑制効果が示され、HEAAL5)(2009年)では用量が多いほど心不全患者の予後が改善することが示されている。
心不全患者ではレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系以外に交感神経系も過剰に亢進している。β遮断薬は交感神経系を制御する目的で使用されており、多数の大規模臨床試験によりβ遮断薬の生命予後改善効果は明確に証明されている。日本でも過去に行われた大規模臨床試験により、カルベジロールの生命予後改善効果が明らかにされている。
レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の最下流でアルドステロンの有害作用を阻害する目的でミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA、抗アルドステロン薬)を用いる。収縮不全を対象にした2つの大規模臨床試験および日本の臨床試験によりMRAの有用性が確認されたため、LVEF(左室駆出率)35%未満の有症状例には禁忌がない限り全例にMRAとACE阻害薬またはARBの併用を推奨している。
保険薬局の薬剤師がACE阻害薬、ARBを処方されている心不全患者と面談するときは過度の血圧低下をきたしていないかどうか等、血圧管理を確認することが大切である。
以上のほか、近年、ナトリウム利尿ペプチドなど血管作動性ペプチド活性を分解する酵素・ネプリライシン阻害薬とARBの2つの作用からなるアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)の予後改善効果が報告されている。心不全は血管内皮細胞、心筋細胞、神経体液性因子が相互に絡み合い悪循環の流れに入っているが、心不全治療薬はそのカスケードをいかに断ち切るかに焦点を合わせて開発され、ARNIもその1つである。ACE阻害薬と比較したRCT(ランダム化比較試験)において、ARNIはACE阻害薬に比べて心血管死亡と心不全入院の複合エンドポイントを有意に20%減少させたと報告されており、悪循環の流れを断ち切る有望な薬剤として注目されている。
非薬物療法は植込型除細動器など生活習慣の改善が重要
非薬物療法として心不全患者に用いられる治療法としては、植込型除細動器 (ICD)、心臓再同期療法(CRT)、呼吸補助療法、運動療法、そして2011年4月から保険診療が開始された植込型補助人工心臓(植込型LVAD)がある。「植込型LVADは心不全の最後のステージで用いられるものですが、一度装着したらいつまでも血液を全身に送り続けます。今後LVADによるDestination therapyが日本で開始される時代になったときに患者さんの望む緩和医療との整合性において倫理的対処がきわめて重要であり、日本人の精神的な成熟度を問われる医療になってくるでしょう」と、鈴木氏は語る。
がん、脳卒中、心臓病は日本人の死因の上位である。心筋梗塞は急性期医療の進歩で救命率が向上したが、その先にある心不全についての一般の理解は決して十分とはいえない。心不全の上流にある高血圧や糖尿病、肥満、メタボリックシンドロームの段階から心不全を意識した生活改善を図らない限り、超高齢社会における心不全パンデミックをくい止めることは難しいだろう。
最後に、「この対策の一つとして、直接患者さんから薬や病気の相談を受ける薬剤師の方が心不全を熟知し、適切なアドバイスができることが重要」と鈴木氏は話を締めくくった。
※終末期の治療・療養について患者・家族と医療従事者が事前に話し合うこと。
引用文献
- N Engl J Med 1987; 316: 1429-1435
- N Engl J Med 1991; 325: 293-302
- Lancet 2000; 355: 1582-1587
- Lancet 2003; 362: 772-776
- JLancet 2009; 374: 1840-1848