日本の高血圧患者は推定約4,300万人、圧倒的な数字です。しかし、潜在患者だけでなく治療している患者数も非常に多いにもかかわらず降圧目標達成率は高くないといいます。このような高血圧大国の日本で、今、世界から注目されている新たな治療があります。現在保険適用申請中の高血圧治療アプリを開発された自治医科大学内科学講座 循環器内科学部門 教授の苅尾七臣氏に解説いただきます。
正常血圧の定義が変更になった血圧の種類と分類
診察室血圧、家庭血圧、24時間自由行動下血圧測定(Ambulatory Blood Pressure Monitoring;ABPM)という用語は耳にされたことがあると思います。血圧は測定する場面で数値が変動し、一般的に診察室など医療機関で測定する血圧は、緊張感のために家庭で測定する血圧より高い値が測定されると言われます。そのため、診察室血圧より家庭血圧やABPMの値の方が再現性が高く臨床的価値があるとされます。2019年に改訂された日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン(以降、ガイドライン)でも、血圧値の分類が診察室血圧と家庭血圧で異なります。
なお、かつては正常域血圧の範囲が、正常高値/正常/至適の3つに分類されていました。しかし、120/80mmHg未満と比べると120-129/80-84mmHg、130-139/85-89mmHgの順で脳心血管疾患の発症率が高いことが近年の研究結果から得られたこと、120-139/80-89mmHgの場合はいずれ高血圧に移行する可能性が高いことが明らかとなり、最新のガイドラインでは診察室血圧120/80mmHg未満(かつての至適血圧)を正常血圧と定めています(表1)。
2019 | ||||||
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診察室血圧(mmHg) | 家庭血圧(mmHg) | |||||
収縮期血圧 | 拡張期血圧 | 収縮期血圧 | 拡張期血圧 | |||
正常血圧 | <120 | かつ | <80 | <115 | かつ | <75 |
正常高値血圧 | 120-129 | かつ | <80 | 115-124 | かつ | <75 |
高値血圧 | 130-139 | かつ/または | 80-89 | 125-134 | かつ/または | 75-84 |
Ⅰ度高血圧 | 140-159 | かつ/または | 90-99 | 135-144 | かつ/または | 85-89 |
Ⅱ度高血圧 | 160-179 | かつ/または | 100-109 | 145-159 | かつ/または | 90-99 |
Ⅲ度高血圧 | ≧180 | かつ/または | ≧110 | ≧160 | かつ/または | ≧100 |
(孤立性) 収縮期高血圧 |
≧140 | かつ | <90 | ≧135 | かつ | <85 |
2014 | |||
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収縮期血圧 | 拡張期血圧 | ||
至適血圧 | <120 | かつ | <80 |
正常血圧 | 120-129 | かつ/または | <80-84 |
正常高値血圧 | 130-139 | かつ/または | 85-89 |
Ⅰ度高血圧 | 140-159 | かつ/または | 90-99 |
Ⅱ度高血圧 | 160-179 | かつ/または | 100-109 |
Ⅲ度高血圧 | ≧180 | かつ/または | ≧110 |
(孤立性) 収縮期高血圧 |
≧140 | かつ | <90 |
高血圧治療ガイドライン2019、高血圧治療ガイドライン2014をもとに作成
また、診察室血圧130-139/85-89mmHg(かつての 正常高値血圧)を異常な状態であると考え、2019年ガイドラインでは「正常」を除いて高値血圧(診察室血圧130- 39/80-89mmHg)としました。
高血圧の原因と治療の目的
高血圧の原因は、運動、睡眠、飲食、喫煙などの生活習慣のほか、遺伝、加齢、妊娠、睡眠時無呼吸症候群や腎臓疾患などさまざまです。非ステロイド性抗炎症薬やシクロスポリン、タクロリムスなどが引き起こす薬剤誘発性高血圧もあります。
高血圧自体は自覚症状がありませんが重篤な循環器疾患を引き起こす要因です。疫学データをみると、循環器疾患による死亡リスクは、収縮期血圧が20mmHg上昇するごとに2倍ずつ指数関数的に高まります。高血圧の治療は、脳卒中や心筋梗塞などの心血管イベントや腎機能の悪化を予防しQOLの維持を目的に行います。
日本人の食塩摂取量 目標は6g、現実は10.1g
ガイドラインでは、日本人の高血圧の特徴として食塩摂取量の多さが挙げられています。昭和の時代からみると日本人の食塩摂取量は徐々に低下傾向にありますが、WHOのナトリウム摂取量に関するガイドラインでは一般成人の食塩摂取量を5g/日未満にすべきとされています。2019年の国民健康・栄養調査結果では、国民1人1日あたりの食塩摂取量は平均10.1g(男性10.9g、女性9.3g)/日でした。日本高血圧学会が推奨している食塩摂取量は1日6g未満です。高血圧予防対策のためには、さらなる減塩を推進していくべきです。
食塩が高血圧に結びつくメカニズムとは
塩分摂取過剰により血中ナトリウムが一定濃度を超えて高くなると、体液を一定の濃度に保つために、本来の濃度に戻そうと血管周囲の水分が血管内に引き込まれ、体内の循環血液量が増えます。余分な水分を腎臓から尿として排泄するためには、心臓がより力強くポンプ機能を発揮しなければなりませんので心拍出量が増え血圧が上昇します。
また、心臓の収縮時に心筋に加わる負荷量を「後負荷」と言います。後負荷は左室の内圧や内径、壁厚などによって決まります。塩分が増えると体内の循環血液量が増えるため心臓の内径が長くなり、後負荷が増大、そして心臓にかかる負担も増大し、心不全へ至ります。このように心臓への負担増大のメカニズムに塩分が関与しているのです。降圧薬として利尿薬を用いるのは、その作用により体内の水分量を減らすことで心拍出量や循環血液量の減少を図るためです。
栄養士の指導は医師に勝る? 減塩に関する研究
2021年、代替塩の効果について中国での約2万人の大規模な研究結果が『The New England Journal of Medicine』に掲載されました1)。脳卒中の既往歴または60歳以上の高血圧患者が対象で、ナトリウムを減らしカリウム含有量を増やした代替塩(75%塩化ナトリウムと25%塩化カリウム)の使用により、心血管イベント発症率や死亡率が低下することが示されています。
また、数年前に、栄養士による減塩指導が奏功した研究が国内で報告されています。治療中の高血圧患者に対する12週間にわたる減塩指導で、栄養士による厳格で積極的な減塩指導をしたグループ(栄養士指導群)と、医師による通常の減塩指導を行ったグループ(医師指導群)の2群で比較されました。結果は、栄養士指導群では1日の食塩摂取量が1.8g減少した一方、医師指導群では1日の食塩摂取量が0.5g増加しました。また、2群のABPM値を比較したところ、医師指導群より栄養士指導群でABPM値が有意に低下しました(ベースラインからの血圧変化:栄養士指導群-4.5mmHg、医師指導群+2.8mmHg、p<0.001)。
高血圧の認知行動療法 アプリが保険適用の申請に
減塩が心血管イベントの抑制や予後改善に寄与することは、前述の中国の研究からも明らかです。しかし、その減塩を実践しようとする際、診察室で「減塩しましょう」と漠然と医師が奨励するだけでは患者さんの行動は変容しないようです。栄養士さんが患者さんの食生活を聞き取ったうえで具体的で細やかな指導をしてこそ、塩分摂取量を減らす行動につながり、生活習慣も変容することが示唆されています。
高血圧の治療効果を引き出すには 認知行動療法の要素が不可欠と私は考えています。ただし、全ての高血圧の患者さんに栄養士が介入するのは難しいでしょう。そこで、我々自治医科大学循環器内科の研究チームは、産学連携の共同研究で認知行動療法のデジタル化を目指し、高血圧治療アプリ(以降、本アプリ)を開発しました。そして、国内第Ⅲ相多施設共同無作為化比較試験で本アプリの介入による降圧効果が確認され2)、現在は保険適用の承認申請中の段階です(2021年12月2日時点情報)。
高血圧治療アプリの仕組み データ記録と評価の繰り返し
本アプリは、患者ごとに個別最適化された治療ガイダンスを自動で直接提供し、行動変容を促してその人に最適な正しい生活習慣の獲得をサポートすることで、降圧効果を導きます。
スマートフォンに本アプリをダウンロードし、年齢、性別などの情報を登録後、家庭血圧測定値を毎日記録します。また、仮想看護師とのチャットを通じて食生活などライフスタイルや社会的背景、行動パターンなどのパーソナルデータを蓄積していきます。これをプロファイリングし、フィードバックする、双方向性によってその人の生活環境の中で可能な生活習慣改善への行動変容を促していくシステムです(図)。
図 高血圧治療アプリのサポートイメージ
血圧測定値をはじめとしたデータは主治医も共有します。外来受診日とその次の外来受診日までの空いた期間中をアプリがサポートすることで、治療介入の点と点が線として繋がり、治療が継続され続けるというイメージです。
心血管イベント抑制に十分なアプリの降圧効果
昨年1年間かけて本アプリの国内第Ⅲ相多施設共同無作為化比較試験を実施しました。被検者は未だ降圧薬投与を受けていない平均年齢52歳の高血圧患者390人。医師による生活習慣の改善指導のみのグループ(対照群)、医師の指導に治療用アプリを加えたグループ(アプリ介入群)の2群に分けて、24週間にわたり生活習慣の改善指導を実施しました。
その結果、主要評価項目である治療12週時におけるABPMによる収縮期血圧において、対照群に比べアプリ介入群で有意な降圧効果を示しました(群間差-2.4mmHg)。さらに、治療12週時における起床時の収縮期血圧においても、アプリ介入により血圧が下がりました(群間差-4.3mmHg)。
この血圧の差をどのようにとらえるべきか。2021年に発表された循環器領域のメタ解析では、収縮期血圧の5mmHgの低下は、主要な心血管イベントを10%減少させていると報告されています3)。これと照らし合わせると、本アプリによるデジタル療法は、心血管イベントを抑制するための高血圧治療として有用な選択肢であることが示唆されます。
本アプリがより効果的なのはどういう患者さんなのか、またアプリをいつまで継続すべきなのか(または中止した後の再開すべきタイミング)など、今後さらにアプリの効果的な使用について研究を進めていきたいと思っています。
血圧計の進化も問われる 夜間高血圧の大規模全国研究も実施中
自治医科大学ではアプリ以外にも多くの研究を実施していますが、本稿では夜間血圧と心血管疾患のリスクについての研究をひとつご紹介します。
我々は、これまでの10年以上にわたる追跡研究で、夜間高血圧や夜間血圧ライザー型(夜間に血圧上昇を示す型)・血圧日内変動異常が脳卒中や心不全のリスクになることを明らかにしています。オムロン ヘルスケア社と共同で、睡眠障害をほとんど引き起こさない手首式血圧計を用いて夜間血圧を測定し、心血管疾患のリスクとの関係を明らかにする世界初の大規模全国研究を、2021年から新たに実施しています。夜間血圧の新たなエビデンスになり得るものですのでご期待ください。
自治医科大学との共同研究、そして血圧計の進化
最近では、スマートフォンアプリにデータ転送できる通信機能付き血圧計が医師から推奨されることも多くなりました。血圧計は今後、場面や時間帯を問わず負担なく測定できる血圧計や、心電図記録も同時に行える革新的なデバイスに進化していくと考えています。
薬物療法はもちろん重要 積極的適応を考慮した選択
高血圧治療においては、リスクファクターや臓器障害がなければ生活習慣の修正指導を行いつつ一定期間(12週程度)観察し、改善・効果が得られなければ薬物治療に切り替えます。高血圧では薬物療法ももちろん重要です。特に血圧値が高いほど生活習慣の是正のみでは目標値はクリアできません。
第一選択薬は、Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、利尿薬、β遮断薬(含αβ遮断薬)です(表2)。それぞれに積極的適応があり、