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不眠と睡眠薬の疑問にこたえる~情報過多による不眠症の誤解を解くために~

2018年4月号
不眠と睡眠薬の疑問にこたえる~情報過多による不眠症の誤解を解くために~

睡眠障害の1つで罹患率の高い不眠症。生活習慣が大きく影響する身近な病気ですが、睡眠薬への依存、認知症との関係などに関する情報が錯綜しています。不眠症の病態や治療の誤解が予後を不良にし、心疾患などのリスクを高めることにもなります。国の「健康づくりのための睡眠指針の改定に関する検討会」座長で、日本大学医学部精神医学系主任教授の内山真氏に不眠症と睡眠薬の疑問にこたえてもらいました。

Ⅰ 不眠症の誤解を解く

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古くて新しい病気、不眠症

不眠症は現代病なのでしょうか。文明が栄え、産業技術が発展し、ストレスフルな現代社会特有の病気ととらえられがちですが、昔の人は現代人以上に夜間にストレスを感じていました。自然の脅威にさらされ、肉食獣に襲われる危険を感じ、野生動物による農作物の被害を心配し、盗賊の略奪におびえ、およそ現代人より緊張を強いられるストレスを感じていたのです。睡眠で疲れを癒すという考え方が一般的になったのは18世紀の産業革命の後のことです。
厚生労働省の「国民健康・栄養調査」の結果から、20歳以上の19.7%が「ここ1カ月間、睡眠で休養が十分にとれていない」ことが明らかになりました(図1)。2014年に発表された全国の成人2,559名を対象に実施した調査によると、週に3回以上、寝つくのが困難な人は7.2%、夜中に目が覚めてしまう人は15.2%、朝早く目が覚めてしまう人は5.2%であり、いずれかの問題がある人、つまり睡眠がうまくとれない不眠の人は18.8%でした。これは、わが国における以前の調査や他の先進国における調査ともほぼ一致し、成人の約5人に1人が不眠であることが確認されました。こうした調査から、不眠を感じている人は推計で1,500万〜2,000万人いることになります。別の調査では睡眠薬を使用している人が成人の4〜5%と、約400万人にのぼることがわかりました※。こうした不眠の背景には、人口の高齢化、ライフスタイルの多様化、“24時間社会”における生活リズムの乱れ、ストレスなどの原因が考えられています。

図1 平成28年国民健康・栄養調査の結果 睡眠の状況

平成28年国民健康・栄養調査の結果 睡眠の状況の画像
  • 「睡眠で休養が十分にとれていない者」とは、睡眠で休養が「あまりとれていない」又は「まったくとれていない」と回答した者。
  • 年齢調整した、睡眠で休養が十分にとれていない者の割合(総数)は、平成21年で19.4%、平成24年で16.3%、平成26年で21.7%、平成28年で20.9%であり、平成21年、24年、26年、28年の推移でみると、有意に増加している。

平成28年国民健康・栄養調査結果の概要

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加齢とともに変わる適正な睡眠時間

私たちの体には、夜になると自然に眠たくなる体内時計のしくみが備わっています。また、脳内に眠気を誘う物質が蓄積して眠りを引き起こすことが知られており、その後の研究で最も有力な睡眠物質としてプロスタグランジンD2が発見されました。起きている時間に比例してプロスタグランジンD2は増えていきます。アフリカ睡眠病という風土病は、文字どおり眠り続けてこん睡状態になり死に至る病気です。ハエの寄生虫トリパノソーマが引き起こす感染症で、トリパノソーマが脳でプロスタグランジンD2を大量に産生させることが原因と考えられています。
それでは、私たちが眠くなったとき、脳の神経回路はどのようになっているのでしょう。プロスタグランジンD2が増えると、脳の膜上にある受容体が感知し、睡眠不足の情報はアデノシン神経系から、睡眠を引き起こす視床下部のGABA神経系に伝達されます。GABAは、さらに奥にある結節乳頭体のヒスタミン覚醒系を抑制します。その結果、眠くなります。睡眠には、筋肉を休ませるレム睡眠と脳を休ませるノンレム睡眠があります。ヒトでは一晩の睡眠の約8割をノンレム睡眠が、約2割をレム睡眠が占めます。ノンレム睡眠はまどろみ期、軽睡眠期、深睡眠期の3段階に分けられます。眠りにつくとまずまどろみ期から軽睡眠期に入り、眠りはだんだん深くなって深睡眠期に移行します。しばらくすると眠りは浅くなってレム睡眠が現れます。ノンレム睡眠とレム睡眠は90~120分程度の周期で繰り返します。
ノンレム睡眠の深い眠りの間に体内では重要な変化が起こっています。子どもの成長を促したり、体の修復に関わったりする成長ホルモンは、ノンレム睡眠中に最も活発に分泌されることがわかっています。また、細菌やウイルスなどの異物が体内に入ると免疫応答が起こって、インターロイキンがノンレム睡眠を誘発します。風邪をひいたときなどに眠くなるのは免疫関連物質が関与しているからです。
ところで、至適な睡眠時間はどれぐらいでしょうか。8時間睡眠を金科玉条のように考えている人はまだ多いようです。実は、8時間という数字に明確な根拠はなく、睡眠時間は発達・加齢とともに短くなっていきます。正味の夜間睡眠時間を年齢別にみると、10歳代前半までは8時間程度、25歳で約7時間、45歳で約6.5時間、65歳で約6時間です(図2)。

図2 年齢別睡眠時間

年齢別睡眠時間の画像

Ohayon M.M. et al, Sleep, 27(7), 1255-1273, 2004

OECDが公表している各国の一日当たりの平均睡眠時間は、フランスが8.50時間で最も長く、次に長いのが米国の8.38時間、以下、スペイン8.34時間、ニュージーランド8.33時間と続き、日本は7.50時間で17位となっています。日本人は睡眠不足であると言われがちですが、これは1日の中でベッドの上で過ごす時間であり、実質的な睡眠時間ではありません。例えば、朝、ベッドの中で新聞を読んで過ごす欧米人は、日本人より床(ベッド)で過ごす時間が長くなり、生活スタイルや寝室環境の違いによる差が出やすくなっているのです。

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生活習慣のほころびから不眠の萌芽

不眠症は、医学的な診断基準では「睡眠に適した環境で、適切な時間帯に就床しても、寝つくのに時間がかかる入眠困難、いったん寝ついても夜中に目が覚めやすい睡眠維持困難(中途覚醒)、朝早く目が覚めてしまう早朝覚醒などよく眠るのが困難であるという訴えがあり、そのため日中に苦痛を感じ、社会生活、職業面や学業面での問題がある。こうしたことが、週に3回以上起こるのが、1カ月以上続くこと」と定義されます。つまり、寝室の環境が悪いわけではないのに睡眠が困難な状態を不眠、これによって日中に生活の質の低下が一定期間続いてみられる状態を不眠症と呼んでいます。
医学的な治療特異的脳血管障害などの脳の疾患、うつ病、不安障害などの精神疾患などがあり、原因となっている疾患や症状を治療することで不眠の改善が期待できます。
原因疾患がない場合は、日常のストレスのほか、誤解にもとづく睡眠習慣が関係しています。心配事やストレスがあると目がさえてしまい寝つきが悪くなります。さらに眠れるかどうかが一番の心配になってくると、そのために目がさえてしまい慢性的不眠になります(不眠恐怖症)。私たちは、毎晩一定時刻になると体内時計により身体が休息態勢になり、そうなると眠気を感じ、就床して眠りに入ります。次の朝が早いからなどの事情で、眠たくないのに早く就床しても寝つけません。長く眠りたいからと、年齢に相応な睡眠時間を大きく超えて寝床で長く過ごすようになると、夜中に目覚める回数が増え、よく眠った感覚が得られなくなります。
睡眠時間と生活習慣病は密接に関係しています。睡眠時間が極端に短くなると、食欲を増やすホルモンであるグレリンの分泌が増加し、満腹感をもたらすレプチンの分泌が減少します。つまり、食欲が増し、食べても満腹感が得られにくい状態になるのです。
極端な睡眠不足になったり、睡眠の質が低下したりするとインスリンの働きが悪くなり、健康な人でも食後の血糖値が高くなってきます。また、深い眠りは副交感神経を優位にしますが、眠りが浅く短いと交感神経が優位になり血圧が下がりにくくなります。不眠→肥満→血糖コントロールの悪化→早朝血圧の上昇→不眠という悪循環が生じ、心血管イベントのリスクが上昇します。
一般住民に対する疫学調査では、6時間未満の極端に短い睡眠時間と同様に、8時間を超えた長い睡眠時間も高血圧や糖尿病のリスクになることが明らかになっています。結局、睡眠時間は6時間台ないし7時間台のほどほどが一番良いということになります。

Ⅱ 睡眠薬への不安をなくす

不眠症治療の最終的なゴールは、眠れないのではないかという不安を解消し、よく眠れないことで損なわれた日中の生活の質を取り戻すことです。以前は睡眠薬の選択が最も重要とされていましたが、現在の不眠症治療では、睡眠についての生活指導と薬物療法うまく組み合わせて行うことがより重要と考えられています(図3)。こうした治療パッケージにおいて、服薬指導は何にもまして重要です。患者さんの睡眠薬に対する不安や誤解をなくすための服薬指導についてQ&Aでこたえます。

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特集

現代人が陥りがちな不眠症の誤解

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