
Check Point
Part.1 症状が乏しく見つけにくい高齢者の肺炎原因菌を推定し経験的治療で抗菌薬投与
受診時のレントゲン検査で早期スクリーニングにつなげる
肺炎は、細菌やウイルスなどの病原微生物によって肺に炎症が生じる急性の疾患だ。肺炎を起こす代表的な病原微生物は肺炎球菌、インフルエンザ菌、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジアで、世界共通の4大起炎菌として知られている。肺炎の大半を占める肺炎球菌とインフルエンザ菌による肺炎は細菌性肺炎と呼ばれる。細菌には細胞壁があり、その構造の違いによってグラム陽性菌(肺炎球菌など)とグラム陰性菌(インフルエンザ菌など)に分類され、グラム染色によって見分けることができる(図1)。
図1 肺炎患者の喀痰のグラム染色像

多くの白血球とともに、莢膜を伴う青色に染色されたグラム陽性球菌が観察される。
前﨑繁文氏 提供
一方、細菌とは異なり細胞壁のないマイコプラズマやクラミジアが原因で起こる肺炎は非定型肺炎と呼ばれる。細菌性肺炎の原因菌には他に、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、肺炎クレブシエラなどがあり、非定型肺炎の原因菌には、レジオネラ、ニューモシスティスなどがある。
肺炎は症状として発熱を認め、高熱を伴うことも多く、同時に頭痛、食欲不振、全身倦怠感、筋肉痛などがみられることもある。また、細菌性肺炎では膿性痰を伴う咳がよくみられるが、マイコプラズマ肺炎やクラミジア肺炎では、痰を伴わない強い咳を認めることが多い。
しかし、高齢者の肺炎では微熱など発熱を認めないこともある。また、咳も痰も出ないことがあるため、何となく普段と様子が違っている場合でも肺炎を発症している可能性があり、注意が必要である。日頃から様子を見ている家族が同居していれば異変に早く気づいて早期診断・治療が可能だが、独居高齢者などでは発見が遅れ、重症化してから受診するケースが少なくない。
このように高齢者では典型的な症状を認めないことも多いため、「普段と比べて元気がない」「食事をあまりとらない」「よくつまずく」といった徴候を見逃さずに早めに受診し、「受診時に『いつもと様子が違い、もしかしたら肺炎かもしれないので、念のためレントゲンを撮ってほしい』と一言付け加えることが大切」と埼玉医科大学感染症科・感染制御科教授の前﨑繁文氏は助言する。
高齢者の肺炎の70%以上は誤嚥が関与
肺炎はまた、発症する場所によって、市中肺炎(病院外から入院48時間未満に発症)と院内肺炎(入院後48時間以上経過して発症)に分けられるが、高齢者の場合はさらに、特別養護老人ホーム、老人保健施設、サービス付き高齢者住宅などの介護施設に関連して発症する医療・介護関連肺炎(NHCAP)が加わる。次の4項目のうち1つでも該当すれば医療・介護関連肺炎と判定される──①長期療養型病床群あるいは介護施設に入所している、②90日以内に病院を退院した、③介護を必要とする高齢者、身障者である、④通院して継続的に血管内治療を受けている。
医療・介護関連肺炎は、重症肺炎や薬剤耐性菌による肺炎の可能性がある(表1)。「抗菌薬が使用されることは少ない介護施設で薬剤耐性菌による肺炎を考慮する理由は、急性期病院で治療を受けた高齢者が、MRSAなどの薬剤耐性菌を保菌した状態で介護施設に戻ってきて、肺炎を発症するため。医療・介護関連肺炎では、薬剤耐性菌による肺炎の可能性も考えて治療戦略(図2)を立てる必要がある」と前﨑氏は指摘する。
耐性菌のリスクがない場合 |
|
耐性菌のリスクがある場合(上記の菌種に加え、下記の菌を考慮する) |
|
日本呼吸器学会「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」より引用改変
図2 医療・介護関連肺炎の治療区分アルゴリズム

日本呼吸器学会「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」より引用改変
さらに薬剤耐性菌は市中肺炎でも発生している。ペニシリン耐性肺炎球菌やマクロライド耐性肺炎マイコプラズマなどの薬剤耐性菌が近年、増加傾向にある。
日本呼吸器学会によれば、高齢者の肺炎の70%以上は誤嚥が関与しているという。誤嚥性肺炎は、口腔内の常在菌が唾液に混じって肺に流れ込み、肺の中で細菌が増殖して発症する肺炎だ。老化に伴って嚥下反射が低下すると不顕性誤嚥を起こしやすく、脳血管障害などで嚥下機能が損なわれるとそのリスクはさらに高まる。このように誤嚥性肺炎は嚥下機能の低下という器質的な要因で発症する疾患という観点から、その他の肺炎とは区別する傾向にある(表2)。
1 | 抗菌薬治療(口腔内常在菌、嫌気菌に有効な薬剤を優先する) |
---|---|
2 | 肺炎球菌ワクチン(PPV)接種は可能であれば実施 (重症化を防ぐためにインフルエンザワクチンの接種が望ましい) |
3 | 口腔ケアを行う |
4 | 摂食・嚥下リハビリテーションを行う |
5 | 嚥下機能を改善させる薬物療法を考慮 (ACE阻害剤、シロスタゾールなど) |
6 | 意識レベルを高める努力(鎮静剤、睡眠剤の減量・中止など) |
7 | 嚥下困難を生ずる薬剤の減量・中止 |
8 | 栄養状態の改善を図る (ただし、胃瘻(PEG)自体に肺炎予防のエビデンスはない) |
9 | 就寝時の体位は頭位(上半身)の軽度挙上が望ましい |
日本呼吸器学会「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」より引用改変
原因菌が確定するまではエンピリック療法で治療
肺炎は、発熱や咳、痰などの特徴的な症状がみられ、胸部X線写真やCT写真で浸潤影(図3)を認めることから診断できる。血液検査では、白血球数増加やCRP上昇などの炎症反応を確認する。さらに、適切に抗菌薬を選択するために病原微生物を特定する必要がある。
図3 肺炎患者の胸部X線像

80歳代、女性。右肺に広範囲な浸潤影を認める。
前﨑繁文氏 提供
喀痰検査による原因菌の同定や薬剤感受性検査には数日を要するため、原因菌を推定して治療薬を選択するエンピリック療法を行う。
エンピリック療法は、原因菌が判明するまで可能性のある原因菌をカバーできる抗菌薬を選択する。また、原因菌を推定するため細菌性肺炎と非定型肺炎を鑑別することが有用である(表3)。たとえば、原因菌は患者の年齢によっても違いがあり、若年者では肺炎マイコプラズマが多く、高齢者では肺炎球菌が多い。その他、診察所見や、検査所見からも鑑別がある程度可能である。
1 | 60歳未満である |
---|---|
2 | 基礎疾患がない、あるいは軽微 |
3 | 頑固な咳がある |
4 | 胸部身体所見に乏しい |
5 | 痰がない、あるいは迅速診断法で原因菌が証明されない |
6 | 末梢血白血球数が10,000/μl未満である |
6項目中4項目以上合致した場合、非定型肺炎疑い 6項目中3項目以下が合致した場合、細菌性肺炎疑い 感度:77.9%、特異度:93.0% |
日本呼吸器学会「成人市中肺炎診療ガイドライン」より引用
抗菌薬の特徴と副作用 薬剤耐性菌に注意する
肺炎の治療に使われる主な抗菌薬は、抗生物質ではβラクタム系薬(ペニシリン系薬、セフェム系薬)、マクロライド系薬、テトラサイクリン系薬、合成抗菌薬ではキノロン系薬などがある。
肺炎球菌やインフルエンザ菌による肺炎には、細菌の細胞壁合成を阻害するペニシリン系薬、セフェム系薬が用いられる。一方、細胞壁が存在せずβラクタム系抗菌薬の効果がない肺炎マイコプラズマや肺炎クラミジアには、