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専門医+エキスパートに聞くよりよい服薬指導のための基礎知識

【肺がん】細胞障害性抗がん剤から分子標的治療薬へ

2017年4月号
肺がん Part1 細胞障害性抗がん剤から分子標的治療薬への画像
肺がんは小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別される。従来のがん治療では手術療法、放射線治療、化学療法が3本柱だったが、肺がん治療ではこれに免疫療法が加わり、新たなステージに入った。今回は、国立がん研究センター東病院 呼吸器内科の梅村茂樹氏に、肺がんの85%を占める非小細胞肺がんの化学療法に関するアップデートな話題を提供していただいた。また、同病院薬剤部の川澄賢司氏には、化学療法の主流ともいえる分子標的治療薬を使用する際に薬剤師が留意すべき点などについて語っていただいた。

Part.1 細胞障害性抗がん剤から分子標的治療薬へ

2002年のゲフィチニブの登場が個別化医療のターニングポイントに

国立がん研究センターがん情報サービスの2016年がん罹患数予測によれば、肺がんは大腸がん、胃がんに次いで多く、133,800人が新たに罹患すると予測されている。肺がんは難治性だが、がんの遺伝子を調べ、タイプの違いによって効果が期待できる抗がん剤が登場した。そのため患者一人ひとりの特徴に応じた、最も効果的と考えられる化学療法が行われるようになってきている。この個別化医療を理解するキーワードの1つが、分子診断である。EGFR遺伝子変異が認められた患者には、EGFRを標的(ターゲット)にした分子標的治療薬が有効である。さらに最近では、免疫系に作用して効果を発揮する薬剤も登場した。
近年、プレシジョン・メディシン(Precision Medicine)という言葉をしばしば聞くようになったが、日本語では“高精度医療”あるいは“精密医療”と訳されることが多い。がん細胞の遺伝子を解析して、患者ごとにがんの原因になった遺伝子変異を見つけ、その遺伝子変異に効果があるように設計された分子標的治療薬を使用する個別化医療が、プレシジョン・メディシンである。
国立がん研究センターが中心になって進めているLC-SCRUM-Japanは、全国の医療機関が遺伝子スクリーニングを行うことで、RET融合遺伝子陽性肺がんなど、頻度の低い遺伝子変異陽性肺がんの分子生物学的特徴を明らかにする観察研究である。これにより分子レベルで患者を層別化して、希少肺がんの患者に有効な治療薬をいち早く届け、その結果として、新しい薬の開発につながることを目標としている。
かつての化学療法は、細胞障害性抗がん剤による治療が主流だったが、2002年にEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんに有効なゲフィチニブが登場してから、がん細胞だけが持つ特徴をターゲットにした分子標的治療が、劇的な進歩をとげた。肺がん治療に用いられる分子標的治療薬の多くは、80%以上を占めるといわれる非小細胞肺がんを対象に開発されている。EGFR遺伝子変異をターゲットにした分子標的治療薬(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬:EGFR-TKI)については、ゲフィチニブ以降、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブが、次々に市場に投入された(表1)。こうした分子標的治療薬は、標的とした遺伝子変異を有していれば、顕著な腫瘍縮小効果が期待できる。

表1 日本で承認されている肺がんに適応のある分子標的薬の主な副作用
一般名 対象肺がん 主な標的分子 副作用 商品名
ゲフィチニブ 非小細胞肺がん EGFR 肝障害、発疹、瘙痒症、皮膚乾燥、痤瘡等の皮膚症状、下痢、AST・ALT上昇、
急性肺障害、間質性肺炎
 など
イレッサ®
(アストラゼネカ)
エルロチニブ 非小細胞肺がん EGFR 発疹、皮膚乾燥、瘙痒症、光線過敏症、ALT・AST・CRP上昇、WBC・Plt・Hb・好中球・RBC・リンパ球・Alb減少、下痢、口内炎、食欲不振、疲労、体重減少、電解質異常、発熱、肝障害 など タルセバ®
(中外)
オシメルチニブ 非小細胞肺がん EGFR 血小板減少、好中球減少、白血球減少、貧血、肝機能障害、発疹・痤瘡等、皮膚乾燥・湿疹等、爪の障害(爪囲炎を含む)、瘙痒症、下痢 など タグリッソ®
(アストラゼネカ)
アファチニブ 非小細胞肺がん EGFR 重度の下痢、重度の皮膚障害、全身性発疹・斑状丘疹性及び紅斑性皮疹、爪囲炎、皮膚乾燥、痤瘡、瘙痒症、味覚異常、結膜炎、下痢、口内炎、悪心・嘔吐、口唇炎、食欲減退、鼻出血、鼻の炎症 など ジオトリフ®
(ベーリンガー)
セリチニブ 非小細胞肺がん ALK QT間隔延長、重度の下痢、食欲減退、悪心、下痢、嘔吐、腹痛、ALT(GPT)・AST(GOT)増加、血中ビリルビン増加 など ジカディア®
(ノバルティス)
クリゾチニブ 非小細胞肺がん ALK 視覚障害、悪心、下痢、末梢性浮腫、疲労、血液障害、浮動性めまい、ニューロパチー、味覚異常、食欲減退 など ザーコリ®
(ファイザー)
アレクチニブ 非小細胞肺がん ALK 好中球・WBC減少、間質性肺疾患、肝障害、消化管穿孔、血栓塞栓症味覚異常、便秘、口内炎、悪心、発疹、血中Bil・AST・ALT・Cr・CK増加、倦怠感 など アレセンサ®
(中外)
ベバシズマブ 非小細胞肺がん VEGF ショック・アナフィラキシー、出血、骨髄抑制、感染症、頭痛、神経毒性、悪心、下痢、口内炎、便秘、腹痛、尿蛋白陽性、血中Bil増加、AST・ALT上昇、食欲減退、高血圧、脱毛症、関節痛、肺高血圧症 など アバスチン®
(中外)
ラムシルマブ 非小細胞肺がん VEGFR-2 腹痛、下痢、高血圧、低K・Na血症、頭痛、動・静脈血栓塞栓症、infusion reaction、消化管穿孔、出血、好中球・WBC減少、うっ血性心不全、創傷治癒障害、瘻孔など サイラムザ®
(イーライリリー)
ニボルマブ 非小細胞肺がん PD-1 間質性肺疾患、肝障害、甲状腺機能障害、リンパ球減少症、好中球減少症、便秘、口内乾燥、疲労、低K血症、味覚異常、白斑、瘙痒症、皮膚色素減少、脱毛症、血中CK・LDH増加、CRP増加 など オプジーボ®
(小野)
ペムブロリズマブ 非小細胞肺がん PD-1 間質性肺疾患、大腸炎、重度の下痢、肝機能障害、甲状腺機能障害、infusion reaction、下痢、悪心、疲労、瘙痒症、発疹、貧血、眼乾燥、嘔吐、便秘、口内乾燥、腹痛、口内炎、無力症、発熱、悪寒 など キイトルーダ®
(MSD)

太字は頻度が高い。下線は重大な副作用。

添付文書を参考に編集部作成

その一方で、治療抵抗性を獲得した耐性腫瘍が大きな問題になっているが、耐性腫瘍にも有効な薬剤が開発されるようになった。たとえばALK融合遺伝子陽性肺がんに対して、クリゾチニブに対する耐性腫瘍には、アレクチニブ、セリチニブ、ロルラチニブ(臨床試験中)といった分子標的治療薬が有効であることが見いだされている1)
がんの発生に寄与する遺伝子のことをドライバー遺伝子という。肺がん化学療法の領域では、たとえば非小細胞肺がんの1つである肺腺がんでは、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、RET融合遺伝子などが発見されている。こうしたドライバー遺伝子に対応した分子標的治療薬を用いれば、従来の細胞障害性抗がん剤よりも効果が高いことがわかっており、日本肺癌学会の「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2016年版」でも、分子標的治療薬はエビデンスレベルの高い薬剤として位置づけられている。

図1 Ⅳ期非小細胞肺がんの治療

図1 Ⅳ期非小細胞肺がんの治療の画像
  • EGFR遺伝子変異、ALK遺伝子転座の検索は必須ではないが診断が生検や細胞診などの微量の検体の場合においては、腺がんが含まれない組織でもEGFR遺伝子変異、ALK遺伝子転座の検索を考慮する。
  • EGFR遺伝子変異陽性またはALK遺伝子転座陽性の場合は、非扁平上皮がんの陽性の場合に準じて治療する。

日本肺癌学会編「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2016年版」を参考に作成

図2 組織型別、臨床病期別にみた肺がんの治療方針

図2 組織型別、臨床病期別にみた肺がんの治療方針の画像

日本肺癌学会編「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2016年版」を参考に作成

免疫系に作用して効果が期待できる薬剤も登場

さらに従来の肺がん化学療法では想定されていなかった、免疫系に作用して効果を発揮する薬剤も登場した。免疫チェックポイント阻害薬といわれるニボルマブやペムブロリズマブだ。肺癌診療ガイドラインは、めまぐるしい薬剤の登場にも迅速に対応している。ペムブロリズマブは2016年末に承認されたが、2016年版ガイドラインにすでに記載されている。
生物には、がん化した細胞を見つけて排除する免疫機構が備わっている。リンパ節で活性化されたCD8陽性T細胞は、がん化した細胞の表面上にあるがん抗原を認識してがん細胞のアポトーシスを誘導する。しかし、がん細胞は免疫監視機構から逃避する仕組みをもっている。この仕組みに関与する分子がPD-L1である。一方、T細胞表面には免疫チェックポイント分子の1つで、免疫を負の状態に調整するPD-1が発現している。PD-L1はPD-1と結合することでT細胞の活性化を抑制し、その結果として、がん細胞は免疫監視機構から逃れる。ニボルマブやペムブロリズマブは、PD-1に対するヒト型モノクローナル抗体で、PD-1に結合して、PD-L1と PD-1の結合を阻害してT細胞を再活性化させる。
「分子標的治療薬が登場したことで、個別化医療への道が拓かれ、肺がん化学療法は大きく進歩しました。ゲフィチニブの登場は10数年前ですが、今では化学療法施行前の分子診断は必須となり、これにより個別化医療が可能になりました。さらに2年ほど前から、免疫の領域に踏み込んだ化学療法も行われるようになって、多くの患者さんに、より適切な治療を提供できるようになりました」と、梅村氏は語る。

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