特集

スポーツ科学からみたサルコペニア予防 第2部

2018年8月号
第2部 サルコペニアの予防

ギリシャ語で「筋肉」の「減少」を意味するサルコペニア(sarcopenia)は1989年にアメリカで提唱された比較的新しい疾患概念です。その診断基準については国際的にも国内的にも統一基準は確立されていませんが、超高齢化が進む日本ではサルコペニアを有する高齢者の増加が予想され、その対策が急がれています。今号では、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所身体活動研究部にスポーツ科学の観点から、サルコペニアの予防などについて解説していただきます。

<運動>負担をかけずに筋力アップ スロートレーニングがおすすめ

高齢になって介助・介護が必要となるのはどのような状態でしょうか。自力で歩けなくなった時―これが多くの人がイメージする、介助・介護が必要になる状態です。
実は、歩けなくなる前にベッドから起き上がれなくなったり、椅子から立ち上がれなくなります。立ち上がれなくなる最大の理由は、立ち上がり動作に関わる大腿部前面の大腿四頭筋の衰えです。そのため、大腿四頭筋を鍛える筋力トレーニング(筋トレ)が必要で、特にスクワットは筋力アップに有効です(ページ下『サルコペニア予防ストレッチ』参照)。
筋トレをさらに効果的に行うために、高齢者には、関節などに負担をかけずに筋肉増強効果が期待できるスロートレーニング(スロトレ)を勧めています。スロトレでは、スクワットなら3秒かけて膝を曲げ、3秒かけて伸ばします。
大腿四頭筋のほか、腹部前面にある腹直筋、胸板を形成する大胸筋なども筋肉量が多く、筋トレ効果の現れやすいことが知られています。その半面、加齢に伴って減りやすいのが特徴です。
腹直筋はベッドから起き上がったり、姿勢を保持するときに使われる筋肉です。腹直筋の筋トレでは3秒かけて上体を起こし、3秒かけて上体を戻す“へそ覗(のぞ)き腹筋”を勧めています。戻し終わったときに背中や頭が完全に床に着かないように保持すると、効果がさらに大きくなります。上体を起こす時に息を吐き、戻す時に息を吸いましょう。
スクワット、“へそ覗き腹筋”に加えて、腕立て伏せ運動もお勧めしたい筋トレです。“力こぶ”を作る上腕二頭筋、大胸筋など胸より上の筋力アップに有効です。高齢者や自信のない方は、床に膝をついた、四つん這いの姿勢で腕立て伏せ運動をすることをお勧めしています。一般的な腕立て伏せの3分の1程度の負荷しかかからないのでスロトレに向いています。スクワットや“へそ覗き腹筋”と同様に、3秒で腕を曲げ、3秒で伸ばすを繰り返します。呼吸は腕を曲げる時に息を吸い、腕を伸ばす時に息を吐きましょう。
“サルコペニア肥満”を予防するためには、骨格筋量を増やすとともに余分な脂肪を減らす必要があります。そのためには筋トレとウォーキングなどの有酸素運動をセットで行うと効果的です。

良質な筋肉をつくる筋トレ + ストレッチ

筋肉を鍛えるうえで大切なのは、強さと柔軟性です。しなやかで質の高い筋肉を育てるためには、筋肉を緊張させて力を出す筋トレとリラックスして筋肉を伸ばすストレッチの組み合わせが効果的です。次に筋トレとストレッチを組み合わせたトレーニングをご紹介します。
テーブルや椅子に両手をつき、息を吐きながら踵(かかと)を上げ、息を吸いながら戻します(筋トレ)。次に、片方の足を一歩踏み出し、太ももに両手を乗せます。残ったほうの足の膝を伸ばします。このとき、踵が床から離れないようにします。両脚で行います(ストレッチ)。この運動はふくらはぎの筋肉を鍛えることでバランス力がつきます。
バランス力を鍛えるには“片脚立ちストレッチ”も効果的です。背筋を伸ばして、片脚を少し上げます。これも両脚で行います。転倒しないようにテーブルなどに手をついて行います。
スロトレは見た目にはゆっくりした動きですが、意外にハードな運動です。運動量の目安は、スクワットなら大腿部がつらくなるくらい続けることが重要です。つらくなる前にやめては効果がなく、疲労困憊するほど続けると筋肉痛や怪我の原因になります。
骨格筋、脂肪組織、血液、肝臓などに蓄えられた糖、脂肪はエネルギーの元で、運動によって消費されます。運動で筋肉の糖や脂肪が燃焼し、血中の糖や脂肪は筋肉に取り込まれます。その結果、糖や脂肪の血中濃度は下がります。また、運動によって骨格筋や内臓に流れる血液の量が増えると、血管(動脈)が拡張して血圧が下がります。このように、より多くエネルギーを消費し、血液が筋肉に流れるようにするためには、ウォーキングやジョギングなど、多くの筋肉を長時間使う有酸素運動が効果的です。高血糖、脂質異常、高血圧の改善にも寄与します。

スロトレのエビデンス

私たちの研究グループは、2013年に、東京大学、近畿大学ほかと共同で高齢者に対するスロトレの効果について調査しました。59歳~76歳の男女35人を対象に、最大筋力の50%の強度(中強度)で膝の伸展・屈曲運動(スクワット)を3秒かけて曲げ、3秒かけて伸ばすスロトレ(スロトレ群)と同じ運動を1秒・1秒で行う通常のトレーニング(ノーマル群)の2グループに無作為に分け、骨格筋量と筋力に対する運動の効果を比較しました。
その結果、スロトレ群はノーマル群に比べて大腿部の骨格筋量が有意に多く増えていました。筋力については、スロトレ群、ノーマル群ともに有意に増強しました。この結果から、高齢者でもスロトレは骨格筋量と筋力の増強に有効な方法でありうることが示唆されました3)
この研究より以前に行われた、高齢者に対するサルコペニアの予防・改善のための適切な運動方法を明らかにするためのシステマティックレビューでは、骨格筋量を増加させるためには、1回で持ち上げることが可能な最大重量「最大挙上重量(1RM)」の80%以上の高強度筋力トレーニングを1セット8~12回、2~3セット、週3回、3カ月以上続ける必要があることが示唆されていました4)。スロートレーニングの効果に関する研究は、筋肉の肥大や筋力増強に高強度の筋トレが必要であるという常識に一石を投じ、筋トレの実施方法に関する工夫の重要性を示しています。

<食事>骨格筋を増やす食事とは? 肉や魚でたんぱく質を摂ろう

骨格筋を増強するためには、筋トレを第一選択として、運動の効果を高めるためにたんぱく質を十分に摂取できる食事を心がけることが大切です。特に高齢になると、動物性たんぱく質の摂取が少なくなる傾向があり、肉や魚を意識して食べることが重要です。
たんぱく質を構成する20種類のアミノ酸は、体内では合成されず、必ず食物から補給しなければならない必須アミノ酸と非必須アミノ酸があります。必須アミノ酸のロイシン、バリン、イソロイシンは分岐鎖アミノ酸(BCAA)と呼ばれ、骨格筋の主な構成成分であるアクチン、ミオシンの主成分として特に重要です。ロイシンはたんぱく質の生成・分解を調整することによって、骨格筋を維持するために働きます。高齢者ではBCAAの摂取が少ないとサルコペニアを発症するリスクが高くなるといわれています。BCAAは肉類、乳製品などに多く含まれます。
健康な70歳以上の高齢者が1日に必要とするたんぱく質は、男性は60g、女性は50gとされています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」)。また、「サルコペニア診療ガイドライン2017年版」は1日に適正体重1㎏あたり1g以上のたんぱく質摂取がサルコペニアの発症予防に有効である可能性があるとして推奨しています。
私たちは、サルコペニアの人と、そのリスクがある人は1日のたんぱく質摂取基準量に10g上乗せすることを勧めています。たとえば、牛肉なら40g、魚類なら50gを1日の献立に加えたり、牛乳なら300ccを1日に何回かに分けて飲むことで+10gのたんぱく質を摂ることができます。できるだけたんぱく質を多く含む食品を有効に使って必要なたんぱく質を摂ることが重要です(表1)。

表1 たんぱく質が多く含まれる食品(例)
食品群 食品名 たんぱく質量
(g/100g)
肉類 <畜肉類>うし
[輸入牛肉] リブロース 脂身つき 焼き
25.0
<畜肉類>ぶた
[ハム類] ロースハム
16.5
<鳥肉類>にわとり
[若鶏肉] もも 皮つき から揚げ
24.2
<鳥肉類>にわとり
[若鶏肉] むね 皮なし 焼き
38.8
魚介類 <魚類>
(あじ類) まあじ 開き干し 焼き
24.6
<魚類>
(かつお類) 缶詰 油漬 フレーク
18.8
<魚類>
(いわし類) 缶詰 水煮 
20.7
卵類 鶏卵 全卵 生 12.3
鶏卵 全卵 ゆで 12.9
乳類 <牛乳及び乳製品>
(液状乳類) 普通牛乳
3.3
<牛乳及び乳製品>
(発酵乳・乳酸菌飲料) ヨーグルト 全脂無糖
3.6
<牛乳及び乳製品>
(チーズ類) ナチュラルチーズ エダム
28.9

文部科学省 日本食品標準成分表2015年版(七訂)を参考に編集部作成

骨格筋を増強し、歩行機能を改善させるためにはたんぱく質の多い食事とスロトレの組み合わせが有効です。食事で必要なたんぱく質が摂れない場合は、たんぱく質(アミノ酸)を含んだ保健機能食品やサプリメントなどの健康食品で補うことが可能です。
また、高齢者にとってこの時期は熱中症に対する注意も必要になります。サルコペニアへの対処を考慮すれば熱中症予防のためにはスポ…

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