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改めて考える薬剤師のコミュニケーション

2019年10月号
改めて考える薬剤師のコミュニケーションの画像
6年制の薬学教育が導入されて以来、将来の薬剤師に対する実践的なコミュニケーション教育が行われるようになりました。その影響で、コミュニケーションについての薬剤師の考え方は変わり、スキルも向上しています。しかし、臨床現場ではまだ、患者さんとのコミュニケーションに悩む場面が少なくないのではないでしょうか。今回は、薬剤師のコミュニケーションスキルをいち早く研究し、その教育に携わってきた帝京平成大学薬学部教授の井手口直子氏に、薬剤師のコミュニケーションについてお話を伺いました。

薬物療法の質を高めるためのコミュニケーションスキル

薬剤師には、一人ひとりの患者さんの薬物療法の質を高めるためのコミュニケーションが求められますが、その大前提として、患者さんは薬に対する不安や不満、迷いを持っているということを常に認識しておくことが非常に重要です。それらの患者さんの感情をキャッチして、問題の解決に向かうためのサポートを行うのに必要なのが、薬剤師としてのコミュニケーションスキルです。

患者さんの言葉の裏にある 本音と感情、欲求

まず始めに理解しておくべきは、表層に出る患者さんの言葉は本音とは限らないということです。
薬剤師はサイエンティストであるが故に、職業柄、物事を白か黒かはっきりさせたいタイプが多いと言われてきました。一方、医療はサイエンス(science)であると同時にアート(art)の部分も大きく、白黒がはっきりとしない部分が非常に多い分野です。このジレンマが、患者さんとのコミュニケーションの悩みにつながるのかもしれません。
例えば、「この薬は飲みたくない」、「いつまで飲むの」などと言う患者さんの訴えに対し、サイエンティストである薬剤師としては、「飲まないと良くなりませんからきちんと飲んでくださいね」というのがストレートな対応でしょう。しかし、それで患者さんの行動は変容するでしょうか。この患者さんは『飲みたくないけど治療しないわけにはいかないし…』という思いから、このようなことを言われたのかもしれません。別の患者さんから「飲んでいないのだけど、先生には言わないで」と言われた時には、『先生には言えなかったけど、飲んでなくて本当に大丈夫?』という本音があるのかもしれません。患者さんに限りませんが、人が発する言葉には、さまざまな本音とそれに伴う感情、欲求が潜んでいます。患者さんがなぜそういう訴えをするのかを探り、その訴えの背後にある感情と欲求に着目して対応することが重要なのです。

感情は期待に対する結果によって生まれる

「喜び」、「怒り」、「悲しみ」、「不安」、「苦しみ」といった感情は、人が物事に期待をするために発生するという考え方があります。例えば、コンビニエンスストアのレジに並んでいる時には「早く順番がくると良いな」という期待をしているため、店員さんが別のレジを開けて自分を呼んでくれると、安心(喜びのカテゴリ)の感情が生まれます。「喜び」は期待がかなった時の感情と解釈することができます。同様に、「不安」は期待に対する結果の見通しがつかない時、「怒り」は当然のように期待していることがかなわなかった時、「悲しみ」は期待を諦めなければいけない時、「苦しみ」は「不安」、「怒り」、「悲しみ」というネガティブな感情が持続した時の感情です。感情は期待に対する結果により生まれるものなのです。この考え方に沿って、患者さんの言葉の背後にあるのはどんな感情なのか、また、それはどんな期待に対して生まれた感情かに着目することが重要です。
さらに、人は本質的に 3つの欲求を持っていると言われます。それは「慈愛願望欲求」、「自己信頼欲求」、「慈愛欲求」です。慈愛願望欲求は、「人から愛されたい」、「人に理解してもらいたい」という欲求です。患者さんが色々なことを訴えてくる場合、「誰も自分を分かってくれない」、「話を聞いてくれない」という思いでいっぱいで慈愛願望欲求が強い状態になっているのかもしれません。「自分に自信を持ちたい」、「自分を愛したい」という自己信頼欲求や、「人を愛したい、守りたい」という慈愛欲求が、言葉の裏に存在するケースもあります。患者さんの訴えは、こうした本質的な欲求と感情も複雑に絡み合った上で発信されるものであることを理解し、カウンセリングを行うことが重要です。

会話の上で重要な4つの基本姿勢

カウンセリングの目的は、思考、感情、行動のいずれか、あるいは全てを変容させることと言われます。薬剤師と患者さんとのコミュニケーションにおいてもそれは同じです。ただし、薬剤師が患者さんを変えるというより、患者さんが自身で変える手助けをするイメージです。患者さんと会話をする際は「観察」、「傾聴」、「確認」、「共感」という4つの姿勢を基本にします(表)。これらの姿勢で会話をすることで、患者さんに「分かってもらえた」という喜びの感情が生まれます。さらに、確認や共感によって、相手の声を通して自分の発言を改めて聞くことは、患者さんが自分の感情を客観的に分析し、問題解決の方向に向かう手助けになります。

表 カウンセリングの基本姿勢

観 察
  • 話し方や語気の強弱、言葉使いのほか、表情や動作など非言語の部分についても着目する。
【例】
「このところ眼が疲れやすくちょっとパソコンをやっているだけで眼が充血するし、頭もいたくなるんですよ
(「ちょっと」と「だけで」の部分で語気が強くなった)
下線部分は、患者さんの気持ち用語。気持ちや感情の強いところに患者さんの隠れた要求がある。
傾 聴
  • 自分の意見や評価、誘導は挟まず、相手の気持ちや感情を受け止める。
  • 薬剤師としての経験年数が多いほど、追体験や思い込み、勝手な想像
  • 解釈・シナリオが頭に浮かび、患者さんの話をそのまま聞くことができない確率が高まると言われる。そのため、自分の価値観や医学情報などは意識的に外すよう心がける。
確 認
  • 患者さんの話のポイントを捉えて繰り返す。
  • 確認を行うことで、患者さんは自身が言いたかったことが見えてくる。
共 感
  • 共感とは「相手の気持ちに近似したものを、自らの中に起こすこと」である。
  • 患者さんの気持ちを十分理解できるまで、ポイントとなる言葉や態度の意味を確認し、患者さんの語調やセリフ、ジェスチャーをまねて繰り返す。

宗像恒次:日本視能訓練士協会誌 2001; 29: 57-63.より作成

言葉と行動の矛盾を認識することで自己決定へ

「これ飲んでないのよ」という患者さんに対して、読者の皆さんならどう対応するでしょうか?
ここで特に注意して観察していただきたいのは、患者さんの言葉と行動が一致しているか、という点です。この場合、患者さんが本当にその薬を飲まないと決めているのであれば、薬を受け取りには来ずに処方箋を捨てるという行動をとってもいいはずです。しかし、薬局にはちゃんと来ていてそんな発言をする。言葉と行動が矛盾しています。
薬剤師としては、この矛盾を見逃さないようにしたいところです。なぜなら、たいがい患者さん自身は、自分の矛盾に気がついていないからです。しかし、この相反する言動の裏で、多くの患者さんは心の奥底で迷っています。そこで、4つの基本姿勢は崩さないまま、患者さんへ矛盾を想起させ、感情を明確化し、さらに矛盾する 2つの感情を並べて対決さ せることで、自己決定へのサポートをしていきます(図1)。

図1 矛盾の想起と感情の明確化の会話例

図1 矛盾の想起と感情の明確化の会話例の画像

井手口氏の話をもとに編集部作成

このように矛盾する感情を明確にして並べて提示 すると、人はこの矛盾を解決したい、どちらかに決 めたいという気持ちになります。しかし、矛盾が見えていない段階で、「治癒のために今は薬の服用が必要です」、「副作用の可能性がない薬などありませんよ」、「先生に問い合わせてみますね」などとどちらかの方向に向かわせようとしても、患者さんの心は動きません。患者さんが矛盾した感情を認識して自己決定を行った後は、薬剤師からの情報提供や指導がスムーズに伝わります。

フルーツバスケットのような患者さんの心

情報提供や指導が最初の段階で伝わらない患者さんがいるのは、なぜなのでしょうか。それは患者さんにはそれぞれ病気にまつわる物語(ナラティブ)があるためです。患者さんとの対話を通じて、医療従事者がその患者さんのナラティブを理解し、患者さんとともにより有益なナラティブを新たに構築していくことが必要なのです。これを、科学的根拠に基づく医療(EBM)に対し、Narrative Based Medicine(NBM)と呼びます。NBMは、個々の患者さんが持つ病気の経験や治療の意味に対する考えに基づき、より個別性の高い医療を提供するという診療概念です。
NBMを説明する時に、私はよく、ナラティブをフルーツバスケットに例えて説明します。患者さんがそれぞれ自分のフルーツバスケットを抱えているとします。不可解な言動をする患者さんのバスケットを覗いてみると、

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