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ハイリスク薬加算の薬歴の書き方は?服薬指導例についても解説
特集

向精神薬のいま

2020年1月号
向精神薬のいまの画像

精神科などで使われる向精神薬の処方が世界的に増加傾向にあります。平均寿命が延び続ける日本では抗不安薬、睡眠薬の多用・濫用などさまざまな問題が表出しています。トライアドジャパン株式会社副社長で薬剤師(医学博士)の竹内尚子氏に、向精神薬の概要や、ポリファーマシー問題に対する取り組みなどについてお話を伺いました。

精神疾患と向精神薬 疾患概要と治療薬のおさらい

向精神薬とは、中枢神経に作用し精神機能に影響を及ぼす薬物の総称で、抗うつ薬(主にうつ病の治療薬)、抗精神病薬(主に統合失調症の治療薬)、抗不安薬(主に神経症の治療薬)、睡眠薬(主に不眠症の治療薬)などがあります。抗不安薬や睡眠薬などは精神科以外の一般診療科でも頻繁に使われます。代表的な精神疾患と向精神薬について概観します。

うつ病-抗うつ薬

気分障害※はうつ病と、うつ状態と躁状態が交互して出現する双極性障害(躁うつ病)に大きく分けられます。気分障害の原因は不明ですが、脳内セロトニン・ノルアドレナリン神経系などの関与が考えられています。感情障害、思考障害、意欲・行為障害、身体症状が特徴的な疾患です。
うつ病の治療は、休養をとって日常生活の精神的負担を軽減しながら精神療法と薬物療法を行うのが基本です。治療薬は、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)などがあります。2000年頃までは、うつ病の薬物治療では三環系抗うつ薬が中心的な役割を果たしてきました。SSRIは忍容性が高く、現在は主な第一選択薬とされています。
新しく開発された抗うつ薬は、脳内の標的に対してより選択的に作用する傾向にあるため、治療効果が高いとされています。一方で、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬はNaSSAなどと比べて薬価が低いものが多く、経済的負担が小さいというメリットがあります。

※精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の最新版であるDSM-5では、うつ病と双極性障害は別のカテゴリーとなり、気分障害という項目はなくなりました。ただし、実臨床では「気分障害」という語句はまだ使用されているため、今回の記事では「気分障害」という表現を使用しています。

統合失調症-抗精神病薬

統合失調症は多彩な症状を呈します。症状は陽性症状(妄想、幻覚、思考障害など)と陰性症状(感情鈍麻、意欲障害など精神機能が低下した状態)に大別されます。治療は薬物療法を中心に、身体療法、精神療法、リハビリテーション(作業療法、生活技能訓練など)が行われます。
統合失調症の薬物療法の中心は抗精神病薬です。抗精神病薬は定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に大別されます。近年は、外来対応が可能な患者さんにも入院患者さんにも、第二世代(新世代)と呼ばれる非定型抗精神病薬が第一選択薬として位置づけられています。
現在国内で使用されている非定型抗精神病薬は、リスペリドン、ペロスピロン、ブロナンセリン、パリペリドン、クロザピン、オランザピン、クエチアピン、アセナピン、アリピプラゾール、ブレクスピプラゾールの10種類です。このうち、リスペリドン、ペロスピロン、ブロナンセリン、パリペリドンはドパミンD2受容体だけでなくセロトニン5-HT2受容体も強力に遮断するためSDA(serotonin-dopamine antagonist)に分類されています。クエチアピン、オランザピン、クロザピン、アセナピンは、ドパミンやセロトニンのほかにヒスタミンH1受容体やアドレナリンα1受容体などにも作用することからMARTA(multi-acting receptor targeted antipsychotics)、アリピプラゾール、ブレクスピプラゾールはドパミンD2受容体を遮断するとともに部分的に刺激する作用もあるのでDPA(dopamine partial agonist)と呼ばれています。

不安障害-抗不安薬

不安障害(神経症性障害、神経症)は心理的要因によって精神症状や身体症状が引き起こされた状態で、パニック障害、全般性不安障害、社交不安障害、強迫性障害、恐怖神経症などがあります。脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの分泌異常と心理的要因(ストレス)が関わっていると考えられています。
パニック障害、社交不安障害に対しては、エスシタロプラム、パロキセチン、セルトラリンといったSSRIが第一選択とされています。また、不安症の治療には、アルプラゾラムやブロマゼパムなどの抗不安薬が選択されます。

不眠症-睡眠薬

不眠症とは、入眠障害や中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害などの睡眠トラブルが1ヵ月以上続き、日中に不調(倦怠感、集中力低下、食欲低下など)が出現する疾患です。不眠の原因はストレスや精神疾患、薬剤の副作用などさまざまです。不眠が続くと、眠れないことへの恐怖心から心身の緊張の高まりや睡眠へのこだわりが生じるためにさらに不眠が悪化するという、悪循環に陥りやすくなります。
不眠は原因に応じた対処が必要で、生活習慣の改善で効果が期待できない場合は睡眠薬の使用が検討されます。
不眠症の薬物療法は、⾮バルビツール酸系、バルビツール酸系など依存性の強い睡眠薬から、より忍容性の高いベンゾジアゼピン系薬剤、⾮ベンゾジアゼピン系薬剤、メラトニン受容体作動系薬剤およびオレキシン受容体拮抗薬の睡眠薬に移⾏しました。ただし、ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬なども依存性が全くないという訳ではありません。また、高齢者ではベンゾジアゼピン系薬剤服用による転倒も懸念されることから、第一選択薬の位置づけではありません。
ベンゾジアゼピン系(非ベンゾジアゼピン系を含む)薬剤は、γ-アミノ酪酸(GABA)A-ベンゾジアゼピン受容体複合体に結合し、GABAA受容体の機能を増強することで、抑制系の神経伝達を促進し、催眠鎮静作用、抗不安作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用を発揮します。現在、多くのベンゾジアゼピン系薬剤が睡眠薬、抗不安薬として使われています。近年問題になっている薬物依存などの原因薬物の上位を占める睡眠薬や抗不安薬のなかではベンゾジアゼピン系薬剤が注目されています。

精神疾患治療における問題点

服薬中断による再発

精神科の薬剤では、自己判断による服薬中断が大きな課題です。その要因としては、患者さんの病識の欠如、受診のモチベーションの低下、効果発現までの期間に症状改善の実感が得られない、などが考えられます。一方、医療者側の要因としても、患者さん・家族と十分なコミュニケーションが取れていなかったり、薬物療法の治療計画が不適切だったりすることが考えられます。
初発のうつ病の患者さんの再発率は、約50%と言われています。統合失調症については、初発で薬物療法の効果が見られても、服薬を中断すると約80%が1年以内に再発を経験するという報告もあります。

相互作用

精神疾患の薬物療法では、向精神薬による副作用を予防する目的でさまざまな薬剤が併用されます。また、生活習慣病などが併存する患者さんでは、その治療薬も併用されます。そのため薬物相互作用に対する注意が必要になります。
薬物代謝が関与する薬物相互作用の多くは肝臓のチトクロームP450(CYP)が関連しますが、たとえばSSRIは、CYP2D6、CYP3A4、CYP2C9、CYP2C19、CYP1A2などの関与が大きく、CYP代謝に関与する薬物との相互作用には注意を払うことが重要とされています。
特に高齢者の場合、複数の医療機関、診療科で処方されるケースが多く、併用禁忌とされる組み合わせや、相互作用や残薬調整などについての疑義照会も多くなります。残薬があることがわかれば、処方日数を減らしたり、処方を中止したりすることによって医療費の抑制が可能です。残薬調整についてはトレーシングレポート(図1)などを活用し、医師と情報を共有することもできます。
また、健康維持のために広く利用されているサプリメントなどの健康食品についても向精神薬との相互作用を念頭に置きながら服薬指導することが重要です。さらには、アルコール、たばこ、コーヒーなどの嗜好品は、中枢神経への影響や薬物代謝酵素の誘導または阻害についても配慮する必要があります。

図1 トレーシングレポート

図1 トレーシングレポートの画像

厚生労働省HPより

向精神薬の適正使用に向けた診療報酬の段階的な改定

国連は「国際統制薬物の医療・科学目的の適切なアクセス促進に関する報告書」(2010年)で、日本でのベンゾジアゼピン系薬剤の消費量が他のアジア諸国と比較して多いことについて、人口の高齢化と不適切な処方や濫用の可能性を指摘しています。
国内の医療機関では現在、精神科の院外処方箋の発行率が高く、多くの保険薬局で向精神薬を含む処方箋の調剤が行われています。また、向精神薬のうち特に睡眠薬と抗不安薬は精神科以外でも処方されることが多く、抗うつ薬、抗精神病薬の処方率を大きく上回っています(図2)。厚生労働科学研究費補助金・長寿科学総合研究事業「高齢者に対する向精神薬の使用実態と適切な使用方法の確立に関する研究」(平成21年度総括・分担研究報告書)によると、睡眠薬、抗不安薬は20~50歳代では精神科、心療内科での処方が多く、60歳代以上は一般診療科での処方が多かったといいます。また、男性に比べて、特に高齢女性で睡眠薬、抗不安薬の処方率が高く、その要因として不眠症、うつ病、不安障害、ストレス関連疾患などの罹患率が女性で高いことが推測されています。さらに、生活習慣病などで受診した患者さんが加齢やストレスによる不眠や不安症状を訴え、主治医はそれに応じて睡眠薬や抗不安薬を処方することが多いとしています。

図2 向精神薬4種の1ヵ月処方率の経年推移

図2 向精神薬4種の1ヵ月処方率の経年推移の画像

厚生労働科学研究事業データ(三島和夫:平成28-29年度障害者政策総合研究事
「向精神薬の処方実態の解明と適正処方を実践するための薬物療法ガイドラインに関する研究」)より作成

こうした状況から厚生労働省は、向精神薬が長期にわたって漫然と投与される状況や多剤併用を是正するために、2012年度から2018年度まで4回にわたって診療報酬を段階的に改定しました。
2012年度の診療報酬改定では、1回の処方で3剤以上の抗不安薬または3剤以上の睡眠薬を投与…

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