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妊婦がかかる糖尿病「妊娠糖尿病」の実態とは?

2018年11月号
妊婦糖尿病の画像

妊娠すると女性の体内では胎児を育てるために糖代謝動態に大きな変化が現れます。妊娠中に血糖が高くなる糖代謝異常の1つである妊娠糖尿病を発症した妊婦は健常妊婦に比べて、将来、糖尿病やメタボリックシンドロームを高頻度に発症するといわれています。高血糖の影響は必然的に胎児に及びます。国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科医長の荒田尚子氏に妊娠前から分娩後の血糖コントロールなどについて解説していただきます。

妊娠中の糖代謝異常の種類

妊娠中に起こりうる糖代謝異常は、「妊娠糖尿病」「妊娠中の明らかな糖尿病」「糖尿病合併妊娠」の3つの病態に大きく分けられます。「妊娠糖尿病」は妊娠中に初めて発見された、または発症した、糖尿病には至っていない糖代謝異常です。「妊娠中の明らかな糖尿病」は妊娠中に発見された糖尿病、「糖尿病合併妊娠」は糖尿病と診断された人が妊娠した病態です。
国際糖尿病・妊娠学会が2010年に妊娠糖尿病の新しい診断基準を提唱し、それを受けて日本の妊娠糖尿病の診断基準(日本糖尿病・妊娠学会)は26年ぶりに改訂されました。2015年には、日本糖尿病・妊娠学会、日本産科婦人科学会、日本糖尿病学会がそれぞれ定めていた診断基準の整合性がとられました。
新しい診断基準で妊婦2,839人を対象に行われた多施設共同研究のJAGS(Japan assessment of GDM screening)試験の結果、妊娠糖尿病の頻度は12.1%であり、旧診断基準での2.9%から約4倍に増えました1)。別の研究では、妊娠中期の妊娠糖尿病の頻度は旧基準の2.1%から8.5%に増えました2)。また、2.4%から5.5%に増えたという報告もあります3)4)
妊娠糖尿病の頻度は、一般的に10%前後といわれていますが、当センター(東京都世田谷区)では3~5%で、都市部と地方で差があることがわかります。これは、日本人の食事が欧米化しているうえに、日常的に頻繁に車で移動する地方在住者と、徒歩や公共交通機関で移動する都市在住者の生活スタイルの違いが影響していると考えられます。つまり、都市部に比べて地方ではより運動量が少なく、高血糖になりやすい傾向があるといえます。

妊娠時は血糖値が上がりやすい インスリン分泌能の低い女性は要注意

糖代謝異常は、インスリンの産生量や働きが不十分で、血糖の調整ができにくくなった状態を指します。妊娠すると血糖値が上がりやすくなります。その機序には、妊娠して胎盤から産生されるインスリン拮抗ホルモン(ヒト胎盤性ラクトゲン、プロゲステロン、エストロゲンなど)やTNFαなどのサイトカインが関与し、インスリンの働きを抑えることで妊娠前に比べてインスリン抵抗性が強くなって血糖値が上昇します(図1)。

図1 妊娠母体血中グルコース、インスリン日内変動

図1 妊娠母体血中グルコース、インスリン日内変動の画像

Phelps RL, et al: Am J Obstet Gynecol 1981; 140: 730-736を参考に作成

妊娠時には母体(胎盤)から胎児にブドウ糖、アミノ酸、遊離脂肪酸が供給されます。特に、妊娠後期は食後高血糖・高インスリン血症になることで、胎児にブドウ糖が供給され、エネルギー源である脂肪が母体に貯蔵されます。肥満女性や、インスリン分泌予備能が不十分な女性が妊娠すると、インスリン抵抗性が増強することによって、耐糖能異常などが顕在化し、妊娠糖尿病を発症しやすくなります。
妊娠糖尿病のリスク因子として、肥満、糖尿病の家族歴、加齢(高齢妊娠:35歳以上)、尿糖陽性、巨大児出産の既往、原因不明の流産・早産・死産の既往、羊水過多、妊娠高血圧症候群(既往)などが考えられています。
妊娠糖尿病を発症しても、特に妊娠初期にはほとんど自覚症状はありません。糖尿病の場合は病態が進むと、のどが渇くようになったり、尿の量が増加したりしますが、妊娠糖尿病の場合は、高血糖が持続すると胎児が過成長になったり羊水が増えてきます。このようになるリスクの高い妊婦を早く発見するために、妊娠中の検査が重要になります。

糖代謝異常のスクリーニング検査は2段階 初期、中期で異なる基準値で判定

妊娠すると糖代謝異常のスクリーニング検査が行われ、妊婦全員が対象になります。検査は2段階に分けて進められ、それぞれの検査で妊娠中の糖代謝異常の有無を調べます。随時血糖、空腹時血糖、グルコース負荷試験によって妊娠糖尿病を診断します。
まず、妊娠初期(4~15週ごろ)に随時血糖測定を行い、糖尿病の可能性がある妊婦を拾いあげます。この時期にスクリーニング検査を行うことは、「妊娠中の明らかな糖尿病」を見つけるために重要です。検査の結果、95mg/dLあるいは100mg/dL以上の場合(各施設で独自に設定)を陽性とします。陰性者に対して、妊娠中期(24~28週)に随時血糖測定または50gグルコースチャレンジテストを行い、それぞれ100mg/dL以上、140mg/dL以上を陽性とします。
陽性者は75gグルコース負荷試験(OGTT)を実施します。空腹時血糖値92mg/dL以上、1時間値180mg/dL以上、2時間値153mg/dL以上のうち1つ以上を満たす場合に妊娠糖尿病と診断します。なお、スクリーニング検査が陰性でも妊娠糖尿病のリスク因子がある場合は積極的に75gグルコース負荷試験の実施を検討します(図2)。

図2 妊娠中に取り扱う糖代謝異常の診断基準

⃝妊娠糖尿病 gestational diabetes mellitus(GDM)

  1. 「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である」と定義され、妊娠中の明らかな糖尿病、糖尿病合併妊娠は含めない。
  2. 75gOGTTにおいて次の基準の1点以上を満たした場合に診断する。
  3. ①空腹時血糖値   ≧92mg/dL(5.1mmol/L)
  4. ②1時間値     ≧180mg/dL(10.0mmol/L)
  5. ③2時間値     ≧153mg/dL(8.5mmol/L)

⃝妊娠中の明らかな糖尿病 overt diabetes in pregnancy (註1)

  1. 以下のいずれかを満たした場合に診断する。
  2. ①空腹時血糖値   ≧126mg/dL
  3. ②HbA1c値     ≧6.5%
  1. *随時血糖値≧200mg/dLあるいは75gOGTTで2時間値≧200mg/dLの場合は、妊娠中の明らかな糖尿病の存在を念頭に置き、①または②の基準を満たすかどうか確認する。(註2)

⃝糖尿病合併妊娠 pregestational diabetes mellitus

  1. ①妊娠前にすでに診断されている糖尿病
  2. ②確実な糖尿病網膜症があるもの
  1. 妊娠中の明らかな糖尿病には、妊娠前に見逃されていた糖尿病と、妊娠中の糖代謝の変化の影響を受けた糖代謝異常、および妊娠中に発症した1型糖尿病が含まれる。いずれも分娩後は診断の再確認が必要である。
  2. 妊娠中、特に妊娠後期は妊娠による生理的なインスリン抵抗性の増大を反映して糖負荷後血糖値は非妊時よりも高値を示す。そのため、随時血糖値や75gOGTT負荷後血糖値は非妊時の糖尿病診断基準をそのまま当てはめることはできない。

※これらは妊娠中の基準であり、出産後は改めて非妊娠時の「糖尿病の診断基準」に基づき再評価することが必要である。

日本糖尿病・妊娠学会と日本糖尿病学会との合同委員会. 妊娠中の糖代謝異常と診断基準の統一化について.日本産科婦人科学会雑誌 2015; 67: 1656-1658より引用

高血糖が胎児・母体に与える影響

妊娠中に高血糖になると、母体と胎児に合併症が生じる可能性があります。妊娠糖尿病の母体の合併症として、帝王切開、妊娠高血圧症候群、流産・早産、羊水過多、尿路感染症などがあります。胎児の合併症として、巨大児(出生体重4,000g以上)、過体重児、肩甲難産などの分娩時障害、新生児期の低血糖、高ビリルビン血症、多血症、低カルシウム血症、呼吸障害などがあります。
また、妊娠前から血糖コントロール不良の糖尿病合併妊娠では先天異常が高率に発生する可能性があります。

妊娠期の血糖コントロール

妊娠中は母体と胎児の合併症を予防するために厳格な血糖コントロールが必要になります。妊娠糖尿病と診断されたら、空腹時血糖値(食前)70~100mg/dL、食後2時間血糖値120mg/dL未満、HbA1c6.2%未満(グリコアルブミン15.8%未満)を目標値として食事療法、運動療法、薬物療法で血糖コントロールを行います(表1)。指標としてHbA1cが用いられますが、周産期の限られた期間に前向きに血糖値を管理するためには、過去1~2カ月の血糖値の変動を示すHbA1cを指標に用いるメリットは小さく、HbA1cより短期間(2週間前後)の血糖値の変動がわかるグリコアルブミンのほうがより適しているという考えもあります。
血糖測定は、正確な血糖値を把握するために1日に6回(食事の前後)測定する必要がありますが、以後は高値が予想されるポイントを中心に必要最小限の自己血糖モニタリング(SMBG)を行うのがよいでしょう。
妊娠中のSMBGの保険適応は、①インスリン使用、②ハイリスクの妊娠糖尿病、③妊娠中の明らかな糖尿病、④75gグルコース負荷試験の3つの基準のうち2つ以上が該当(先述)、⑤75gグルコース負荷試験の3つの基準のうち1つ以上が該当かつBMI25超、となっています。

表1 妊娠中の目標血糖値
  米国糖尿病学会
2014※1
日本糖尿病学会
2010※2
日本産科婦人科学会
2014※3
空腹時
(mg/dL)
  70~100 ≦95
食前
(mg/dL)
≦95   ≦100
食後1時間
(mg/dL)
≦140    
食後2時間
(mg/dL)
≦120 <120 ≦120
  1. American Diabetes Association: Standards of medical care in diabetes-2014.
    Diabetes Care 2014; 37: S14-80
  2. 日本糖尿病学会編:科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013. p217-232. 南江堂. 2013
  3. 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会編:産婦人科診療ガイドライン―産科編2014.
    p24-28. 2014

日本糖尿病・妊娠学会編. 妊婦の糖代謝異常 診療・管理マニュアルp47を参考に作成

薬物療法の基本はインスリン治療 母体と胎児の合併症予防を目的に実施

食事療法、運動療法で目標の血糖値に達しない場合、薬物療法を検討します(表2)。妊娠糖尿病では食後高血糖が問題となることが多く、薬物療法の基本はインスリン投与です。インスリン治療を行う目的は、できるだけ妊娠時の健常な血糖変動に改善して、母体と胎児に生じうる合併症を予防することです。
食事療法、運動療法を行っても食後2時間血糖値が120mg/dL未満にコントロールできない場合、超速効型インスリン(もしくは速効型インスリン)を使用します。食事の直前に追加インスリンを開始する際、少量のインスリンでも低血糖となることがあるため、少量(2~4単位程度)から投与を開始します。以降は、血糖値に注意しながら管理目標値を達成するまで1~2単位刻みで投与量を調節します。妊娠糖尿病の患者で、切迫流産・切迫早産治療薬のリトドリン塩酸塩などの薬剤を使用していたり、妊娠経過に伴ってインスリン抵抗性の増大が見られたりして早朝空腹時血糖値が95mg/dL(100mg/dL)以上になる場合は、中間型インスリンや持効型溶解インスリンを2~4単位程度から併用します。インスリン抵抗性が増大する妊娠中期以降は、必要に応じて増量し、分娩後は速やかに減量します。
適切な食事療法を行っても食後血糖が高くなる患者に対して追加インスリンを導入し、空腹時血糖も高くなっている場合は基礎インスリンを併用するなど、食事療法を十分に行いながらインスリン治療に切り替えます。一般的に、約9割の患者は食事療法と運動療法で血糖コントロールが可能で、約1割がインスリン治療が必要になります。

表2 妊娠中の糖代謝異常で使用される主な薬剤
分類 一般名 主な商品名 添付文書情報 総合評価
妊娠 授乳 妊娠 授乳
有益性
投与
禁忌
注射薬 インスリン製剤 超速効型
インスリン製剤
インスリンアスパルト ノボラピッド ※1   ※2 安全 安全
インスリンリスプロ ヒューマログ ※1   ※2 安全 安全

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